夢、幻の想いや如何に

□夢幻の彼方に
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 ――いつも夢に見る貴方は誰ですか?



 朝、目覚めるといつも頬が濡れている。
 何か夢を見た覚えもないのに、毎朝胸が張り裂けそうに苦しい。
 ……しかし何故だろう。それを苦痛に思ったことは一度もないのだ。
 ただ切なさと妙な懐かしさ……そして、言い知れぬ愛しさが込み上げてきて止まらない。
 好き、好き、大好き……。逢いたい、貴方に逢いたい……。
 ――何処にいるの?
 そんな想いばかりが胸に広がり、そして幸せが心を満たす。
 何故なのかは分からない。
 ただ私が思うのは、これは“前世”とは関係ないという事。
 そう考える理由は自分でも分からない。
 でも確かなのだ。直感と言ってもいい。
 いや、もしかすると前世でも何かしらあったのかもしれないが関係ない。
 今を生きているのは私。他の誰でもないのだから、例え自分であっても邪魔しないでほしい。
 この“時”を生きている私の恋は、想いは、誰に左右されたものでもないと信じているから。





 そんな不思議な感覚が続いて十年……。
 今まで誰とも付き合いもせず、恋もしなかった私が一目で恋に落ちた。



 その日は何故か朝起きたら神社に行きたくなったのだ。
 しかも私が行きたい其処は自分の住んでいる県の上に位置する、片道の交通費が千円以上も掛かる場所にある。
 無計画なうえ一人でそんな遠い所に行った事がないのに、その日ばかりは気が急いて絶対に“行かなければならない”と思った。
 そして十分な金額を財布に入れて電車に揺られること約二時間……。
 漸く神社に着いて本殿にお参りする。
 参拝の作法をきちんと守ってそれを終えると、また不思議な感覚に襲われた。
 何故か山が気になるのだ。
 その山はこの神社から続いていて、数多くの祠や分社が祀られている。
 私は考えるまでもなく足を山へ向けた。
 神社では普段より気が研ぎ澄まされていると聞く。
 ならば自分の感じたままに行動するのが一番だ。


 山の参道を歩くこと数十分。
 少し開けた場所に出た。
 此処に来るまでに何社か気になる祠を参拝したが、これといって変わった事はない。
 けれど……
「あれ……?」
 ふと目についたのは誰も足を止めないだろう古びて少しボロボロになった、小さな社。
 それは木の陰に隠れていて暗く不気味だ。
 だが何故だろう……。全くそう思わない。
 暫くそちらを見ていると、その前に蹲っている人がいる事に気付く。
 背を真っ直ぐ伸ばして凛とした後ろ姿は、とても魅力的で目が離せない。

 ――心臓がドクリと脈打った。

 顔も性格も分からないその人に強く心がひかれる。
 しばし呆然と見つめていると視線を感じたのか、彼がこちらを振り向く。
 目が合った刹那、私の頬を涙が伝った。
 驚くその人に何も言えず、ただただ顔を濡らしていく。
 ――やっと逢えた、大好きな貴方に。
 誰にも告げられなかった想いを向けられる、愛しい人に――。
 戸惑う彼を見つめて、私は笑みを浮かべる。
(大好きです!!)
 この気持ちを込めて。
 するとその人は目を見開き、次いで神妙な表情で呟いた。
「突然こんな事を言われて気持ち悪いかもしれませんが……好きです。良ければ僕と付き合ってくれませんか?」
 驚いた。
 私のほうが気味悪がられるかと思っていたのに、まさか彼がそんな事を言うなんて……。
 目をパチパチ瞬(またた)かせる私を不安に思ったのか、突然その人は名前を告げてきた。
「俺は河内隆斗(かわちりゅうと)と言います!二十七歳で職業は薬剤師、趣味は……」
 顔を赤くして必死に言う彼が面白くて、思わず私は声を出して笑ってしまった。
 唖然としている彼に私も自己紹介する。
「奥川唯(おくかわゆい)です。年は二十歳で製薬会社で働いています」
 未だポカンとしている彼、河内さんに微笑んで頭を下げた。
「これから宜しくお願いします」
 この一言で我に返ったのか河内さんは一度目を見張ったあと、満面の笑みを見せてくれた。
「はい!こちらこそ宜しくお願いします!!」
 その後は互いに見つめ合って、彼の背後にある社に手を合わせた。
 もちろん、本殿や気になった祠にも今度は二人揃って参拝した――。


 その彼が私の旦那さんになるのは、あともう少し……。


 神の導きにより出逢った二人、赤い糸で結ばれていたのか、前世から続く恋物語か。
 一つ確かなのは神々が見せた不思議な夢により、彼らの縁は結ばれた。
 これは夢か幻か、果てにあるのは大きな幸せと小さな苦難……。
 それらを乗り越えるのは彼ら次第。互いを想う心のみ。


 ――夢幻の彼方にあるのは、愛しき人との現実。優しく穏やかな時間だけ……。


◇ 完 ◇ 



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