契りの桜

□第二段◆優しき詞
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 昨夜、月影が現れたとの知らせは瞬く間に内裏中に広がった。
「またひどい有様だったらしいぞ……」
「ああ、なんでも原形を留めていなかったとか……」
「本当に奴は人間か?」
「そんなわけあるまい。鬼に決まっているだろう」
 そんな話があちらこちらで囁かれている今、雅尚(まさたか)は中務省(なかつかさしょう)北にある侍従局(つぼね)の前に来ていた。
 侍従局というのはその名の通り侍従の役職を持つ者が集まる詰所(つめしょ)のことで、藤原矩鷹(のりたか)がいる場所でもある。
 ゆえに此処にいれば偶然を装って彼に会えるかと思っていたのだが、どうやら考えが甘かったらしい。
 藤原矩鷹に会えるどころか、先程から同じ場所を行ったり来たりしている雅尚は人々の奇異の視線に曝されている。
(絶対怪しいって!怪しまれてるって!!)
 その証拠に侍従局からは誰一人として出てこない。
 ……これは余程怪しまれているようだ。
(だから嫌だって言ったのに……)
 悄然(しょうぜん)と肩を落とす雅尚は今朝言われた言葉を思い出していた。

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