契りの桜

□第十段◆隠秘な月
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 夜、宵(よい)から降り続けた春雨(はるさめ)は勢いを増し、今では屋根を叩く音が耳を澄まさずとも容易に聞こえる。
 そんな雨空を廂(ひさし)から眺める一人の少女が居た。
 ――つゆさだ。
 参内出来るようになったとはいえ、少々足を引きずる形でしか歩けない彼女は未だ月影を追うことを許されていない。
 歩く事もままならないのに走るなんて以(もっ)ての外(ほか)!というのが彩葉を初め、“雅尚”が月影捕縛に関わっていることを知る人々の総意だ。
 その中で唯一の例外が尚秋で、彼は特に何も言ってこず我関せずを貫いている。
 いつもと違う尚秋の反応を訝しく思うも、無理難題を押しつけられるよりはマシか……と、つゆさは有り難く足を万全にするべく休みを満喫する気だったのだが、残念ながら外は天から迸(ほとばし)る雫で月どころか星一つ見ること適わない。
 この事に溜息して暗雲を見つめていると、どうしても考えたくない事柄が頭を支配する。
 ――矩鷹様はどうしておられるのか。
 自分から彼に関わる事を止めたくせに、いつも目が矩鷹を探している。
 不思議なことに己が参内してから矩鷹の姿を見る事は一度としてない。

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