契りの桜

□第八段◆追憶の夢
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 両親が儚くなり、それを葬っていた寺からも姿を消した少女は市中を彷徨(さまよ)っていた。
 会えないのなら自分が両親に会いに行く、その思いに嘘はない。
 ならば自ら命を絶てば良いのだが、それは両親に悪い気がして出来ないでいた。
 確かに会いたい。会って話したい、抱き締めてほしい。
 けれど自ら、というのは両親に対して失礼な気がしてならない。両親は望んで儚くなったわけではない、きっと隠れたくなどなかっただろう。
 なのに自分はそれを望んでいる。願って会いに行ったら……恐らく両親はとても怒るだろう、会ってさえくれないかもしれない。
 あの二人は命を軽んじる事が何より嫌いだった。どんな生き物にも命はあり、意志のない物にまでこれが宿っているという考えをしていた。
 命に限りがあるのは自然の理(ことわり)。短く儚いからこそ何よりも尊く美しいのだと教えられたし、精一杯自分に恥じぬよう生きろと言われてもいた。
 だがしかし少女は思う。会いたい、話したい、触れたいと。また一度両親の笑顔が見たいと。
 最後に見た両親は苦しそうだった、辛そうだった。話も出来ず、起き上がる事さえ出来ない状態で息を引き取ったのだ。
 少女は口唇を噛み締めた。

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