契りの桜

□第六段◆懐疑の蝶
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 時が経つのは早いもので既に季節は冬へと移っていた。
 菊花宴(きくかのえん)での出来事、つまり矩鷹が月影ではないかという最悪の疑惑が己の中に芽生えてからというもの雅尚は彼を遠目に見つめる程度で、決して近づこうとはしなかった。が、仕事の時は別だ。
 不自然な態度になっているのは百も承知だが命じられた事だけはきっちりとこなしていた。
 恐らく矩鷹は自分の態度がおかしい事に気付いているのだろうが、毎回不思議そうにしているだけで尋ねてこようとはしない。
 これも彼なりの気遣いなのだろうと有り難く思う気持ちと、気を遣わせて申し訳ないという両極端の感情が雅尚の胸にトゲを刺す。
(……………)
 矩鷹が宴を途中退席したことは尚秋にも明仁にも告げていない。
 自分が言わずとも気付いているだろうが何も言わないあたり好きにして良いという事なのだろう。
 ――なので、
(あ……!)
 慌てて塀に隠れて見失いそうになった背を追う。
 夜闇の中を明かり一つ持たずに何をこそこそしているかというと、矩鷹が月影である確(かく)たる証拠を掴むために雅尚は彼の後をつけているのだ。

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