契りの桜

□第五段◇新たな勅
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 若い検非違使(けびいし)に邸(やしき)まで送ってもらった雅尚は、礼と迷惑を掛けた謝罪をして邸内(ていない)へと入る。
 中門廊(ちゅうもんのろう)を沈んだ面持ちで歩いていると前から女房がやってきた。
 雅尚が出掛ける前に月影が現れたとの報せを持って来た、あの女房だ。
「つゆ……いえ、雅尚殿。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
 雅尚の様子がおかしい事に気付いたのか、女房がふいに押し黙る。
 当惑(とうわく)した雅尚が口を開こうとしたところで……
「尚秋様がお呼びになっています。そのままの姿で、お越し下さい」
「え……」
 このままの姿、つまり雅尚に話があるのだろう。という事は考えるまでもなく、あの事だ。
「……はい」
 静かに返事をすると女房の後を黙ってついて行った。

 尚秋の部屋は西対(にしのたい)にある。
 普段は数人の女房が忙(せわ)しなく行き交う廊(ろう)に、今は不自然なほど人の気配がない。
 どうやら対屋(たいのや)全体に人が来ないよう命じたようだ。
「…………」

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