契りの桜

□第四段◆見えるは
1ページ/21ページ

 ――長月。あれから二月経った。
 しかし矩鷹に違和感を覚えたのは、あの一度だけ。それからは何事もなく、彼は自分の職務を全うしている。
 むしろ問題なのは……

「……おい、いつまでそうしているつもりだ?」
 言葉に刺を含ませて呟く尚秋に、彼の斜め後ろに座していた女房はビクリと肩を震わせた。
「も、申し訳ありません!」
 慌てて立ち上がり室を出て行こうとする彼女に、尚秋は少し大きな声で呼び掛ける。
「つゆさ」
「はい!?あ……あぁぁぁぁ!!」
 その声に驚いてこちらを振り向いた女房、つゆさは着物の裾を踏みつけて見事、顔から床に倒れこんだ。
 これを見て主人である尚秋は溜息を吐くと、呆れたように言う。
「……お前、まだ切り替えが出来てないのか?なんなら“雅尚”と呼んでやろうか?」
 意地悪げに目を細めて告げる尚秋に、つゆさは顔を上げて慌てて首を振った。
「も、申し訳ありません!」
 早口に謝罪を述べるつゆさに、尚秋は額に手を当ててわざとらしく肩を竦める。

*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ