夢、幻の想いや如何に
□桜と花霞
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貴方に出会えて良かった。
まだ冷たさの残る風が頬を撫で、まるで恥じらうように未だ花開かぬ桜を見て私は思い出す。
幼かったあの頃、ただ純粋に物事を信じていられたあの頃。
私は彼に出逢いました――。
「さーくーらー、さーくーらー」
誰もいない神社の裏手にひっそりと立つ一本の桜樹の下で私は歌っていた。
春が待ち遠しくて、早く雪のように舞い散る花弁と戯れたくて。
あの日も私は一人で桜を見上げながら音を奏でていた。
「さっきからそこだけしか歌わないんだな」
呆れたような低い声に私は肩を跳ねさせ、思わず閉口してしまう。
自分以外いないはずのこの場所で第三者の声が聞こえるなんてあり得ない。
空はなんの心配もないと語り掛けてくるような晴天で、辺りを明るく照らしてる。
さわさわそよぐ風の音に耳を傾けながら恐る恐る声のした方向を見れば、深緑の袴を穿いた神職姿の青年が悪戯な笑みを顔に宿してこちらを伺っていた。
人だったのかと安堵するも、この神社に神主や宮司がいるなどと聞いた事もない。
それに深緑の袴……。こんな色を着用した神官を見たのは初めてだ。
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