現代 恋愛

□幸福な時間
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幸福な時間

彼女が死んだ。


僕の目の前で、


幸せそうな顔をして、逝ってしまった。


彼女はまだ23歳だった


彼女の頬が冷たくなった時、僕の視界は真っ暗になった。


彼女が死んだことに、深く深く絶望した。


彼女が死んだのは、僕のせいだった。


僕があの時、外食しようなんて言わなければ、あの日、デートになんて誘わなければ、こんなことにはならなかった。


そう、自分自身を責めた。


そのうち、自分も死んでしまおうか、とも考えた。
しかし、三つ子の兄と妹にひっぱたかれ、それは無理だった。


殺してくれた方がよかったのに、僕に生きる価値も意味もありはしないのに。


大好きな、とてもとても大切な、たった一人の女性さえ守れなかった僕に、


世界の中心だった彼女を失ってしまった僕にこれからどう生きろと言うのだ。


これから、どうしよう。


とりあえず、生きるために、仕事は復帰した。雇い主である叔父は、もう少し休んでてもよかったのに、と言ったけど。
今は、何かをしていたかった。


仕事が終わると、もう外にようはない。


さっさと家に帰る。


仕事場を出て、僕の母校の高校を通り過ぎ、信号を渡って彼女と一緒に過ごしたアパートに帰る。


信号を渡るとき、いつも思い出すのは、彼女との会話。


彼女と最後に外でした会話。


「月也くん、結婚相手が私でいいの?」


あの時僕は、彼女にプロポーズしたあとだった。
「いつになるか分からないけれど、絶対幸せにするくらいになってみせるから、結婚してください」
と、言ったのだ。
それに対して、OKの返事をもらったあとに、食事をしようと誘ったのだ

「ええ、貴女以外考えられない。」

僕が言うと、彼女は顔を赤らめた。

「そっか、ありがとう。私、ずっと月也くんと一緒にいられたら、って考えてた。」

「僕もですよ。」


そういった時、彼女が車に引かれた。


「っ! 碧唯さん!!」


彼女は、目が見えなくなった。


彼女を引いた人間は僕に謝りにきた。


でも、もうそんなことはどうでもよかった。


重要なのは、彼女の碧い目が何も写さなくなってしまったこと。


そして、それが僕のせいであること。
それだけ。


「月也くんのせいじゃないよ。私がドジだっただけ。だから、そんな声で泣かないで?」


「泣いて、ないですよ。」

「声が泣いてる。わかるよ。月也くんのことだもん。」


「なんですか、それ。」


「内緒。」


彼女はいたずらっぽく微笑む。僕も少し笑った。


「月也くん、」

「何ですか?」

「大好き。」

「どうしたんですか?急に」

「言いたくなったの。急に。ねぇ月也くんは名前のとおり月みたい。白くて優しい光を放って、泣いてる子達をね、照らしてくれるの」

「私も、月也くんの光に照らされた一人、
月也くん、ずっとずっと大好きだよ。離れても、ずっと大好きだよ。」

「なに言って、」

「あーあ、月也くんの子供、産みたかったな。女の子だったら、私の唯って漢字と、月也くんの月の字で唯月って名前にするの。かわいいでしょ?」

「産みたかったって何ですか、なんで過去形なんですか?」

「あ、男の子の場合は考えてなかった。ダメだね私。」

わかってしまった。彼女はもう死んでしまうと、


「もう、いいですよ。疲れたでしょう?」

「月也くん、ありがとう、私、月也くんに会えてよかった。毎日楽しかった。ほんと、に、ありが、と」


そのまま彼女は眠った。深い深い眠りについた。


医者の話では、もう長くなかったらしい。
一週間もてばいい方だったそうだ。


僕にそれが伝わってなかったのは、彼女の希望らしかった。


彼が気に病むから、伝えないでくれと、皆に言ったらしい。


体に力が入らなかった。


どうして、彼女だったのだろう。べつに、僕でも僕が名前も知らない女でもよかったじゃないか。


彼女じゃなくてよかったじゃないか。


だって、彼女は夢を持っていたんだ!


保育士になって、小さな子供たちの笑顔を見るんだって!


その夢だってやっと叶いそうなんだって、笑ってたのに、


なんで、なんで…………、


そして、その疑問は晴れないまま、時間は流れていく。
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