デジモンアドベンチャー☆オリジナルミニ小説

□春の君
1ページ/2ページ

うららかで、穏やかな陽気。
心地よい春の日に、高石タケル、八神ヒカリは、何れも中学生になった。

入学式当日。

兄達も通っていたお台場中学校で、ふたりは、無事にこの日を迎える。

校門を抜けて、いざ校舎に入り、体育館に足を踏み入れるまでは、気分もわりと高揚していたが。
いざ式が始まってしまえば、やはり退屈だった。

自然と、ヒカリは僅かに周囲を探る。
目立たないように目線だけを動かして、彼の姿を探す。
でも残念ながら、限られた視界の中からお目当ての彼を見つけることは出来なかった。

……分かりやすいはずなんだけどなぁ。

そんな心の声を一度消して、どうにか似たり寄ったりの祝辞を再び聞き直す。




+ + + +




全てを終え、彼女達を含め新入生達は、学校の敷地内で思い思いに会話を楽しんでいた。
今は窮屈な式を終えた解放感に包まれて、それぞれの表情も柔らかい。

ヒカリも、先ほどまでは友人と話していたが、今は別の人物を捜している。
あちらも同じように捜してくれていたら楽なのに…、と、つい思う。

すると、後方から、何か女子達のときめいたような声が聞こえた。
ヒカリは振り返る。
そんな女子達の間を一切気にせず通過して、いつもの余裕の笑みをたたえて彼が来る。
相変わらず、女子達のああいった反応に慣れている。
ヒカリは、静かにその人物を見つめた。

「ヒカリちゃん!」
爽やかに、飾らない笑顔で、タケルはヒカリのもとへと駆け寄った。
兄のヤマトとは質感の違う、綺麗な金髪。
澄んだ碧がきらめく、印象的な瞳。
ヒカリは幼馴染である彼にふふっと笑いかけた。
「さっそく、注目の的ね」
タケルは、フランス人の血が混じる、クォーター。
整った容姿もさることながら、人当たりも良く物腰も柔らかい。
彼が女子の間で騒がれるのは、なにも今に始まったことじゃない。
本人は、昔からあまり気に留めていないけれど。
「ヒカリちゃんもね」
「え?」
「相変わらず無自覚だなぁ」
にっこりとそう返すタケルをぽかんと見つめながら、ヒカリは自分より背の高くなった幼馴染を改めてまじまじと見る。
いつからだろうか。こうして、彼を見上げるようになったのは。
「写真、撮った?」
「あ、うん……」
ヒカリは、小学生の頃から写真に興味を持ち、今日もデジカメを持ってきていた。
友人と撮った写真、その前に母と撮った写真。
それぞれを見たあと、タケルがからかうように言った。
「良かった。さすがに、太一さんは居ないよね」
ついムッとするヒカリだが、あまり反論は出来ない。
ヒカリの入学式を兄である太一が密かに楽しみにしていたのも事実で、ちょっと様子を見に行けたら……と思っていたのも実は当たりである。
妹思いで頼りになる優しい兄。
ヒカリも兄のことは大好きだけれど、さすがにそれでは周囲の目を引いてしまうことはさすがに理解してきた。
もう……、と笑って、やんわりと太一をかわしたヒカリである。
「あ、でも、家で試しに制服に腕を通した時、一緒に撮ったよ」
ほら、と見せるヒカリに、タケルは思わず笑う。
「やっぱりね。僕の予想通り」
新しい、お台場中学校の制服。
緑のセーラー服に身を包んだヒカリの隣で、太一が嬉しそうに笑っていた。
ちなみに、それとは別の、携帯で太一に撮ってもらったヒカリひとりだけの写真を、その後タケルはもらった。
誰にこんな写真やるんだと、かなり太一はぶつくさ言っていたが。
そんな太一の姿も、何となくタケルには想像がついた。
というよりも、恐らく自分以外にも、容易に分かってしまう人達がいるだろうと、タケルは思う。
「でも、断然実物のほうがいいね」
「え?」
「ヒカリちゃん、制服似合ってる」
きらきらとタケルは微笑み、ヒカリを真っ直ぐに見つめる。
それは、一見同じようでも、他の女子には見せない表情だ。
「タケル君こそ。制服、良く似合ってるよ」
実はヒカリも事前にタケルの制服姿を携帯で受け取っていて、既に確認済みなのだ。
ふたりが考えていたことは、一緒だった。
「何処かで、一緒に写真撮りたいよね」
「うん、そうだね」
ヒカリの提案に、タケルも即答える。
けれど、お互いもう友人とは別れてしまったし、周りは既に親しくはない人ばかりだった。
別にそういう仲ではないけれど、変な憶測がひとり歩きしないよう、2ショットの写真を頼むなら、せめて見知った人がいい。
「大輔君、捜す?」
「う〜ん……、それこそ面倒なことになりそうじゃない?」
苦笑するタケルに、ヒカリも思わず、そうかもね、と答える。
何かとタケルをライバル視する大輔に、その発端であるヒカリと並んで頼んだりしたら、それこそ大騒ぎだ。
この時、なら三人で……という発想が、何故かまるで無かったふたりである。
「じゃあ………」
タケルが何か思案するように、顎に手を当てる。
「学校じゃなくても、いいよね?とりあえず出ようか」
ヒカリも、目を輝かせて、それに頷く。


実はヒカリだって、結構モテる。
タケルが言った通り、無自覚なのだ。

入学初日から、密かに注目されていたタケルとヒカリ。

ふたりは、新校舎をそっと後にした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ