綱吉がいないときには、よく凪が来た。
彼女は彼の仕事場での友人らしく、彼が忙しくて家に帰れないときには、一緒に食事をとってくれた。
ほかにも何人か守護者だとかいう人たちがきたが、その中で唯一、心を許せたのが凪だった。

―彼女は僕とどこか似ていたから。



凪に連れられて、外へ出たときがあった。
黒スーツの人たちに囲まれながら、黒光りする車に乗せられる。
なれない環境に、僕はかなり緊張していた。
つないだ僕の手がこわばったことに気がついたのだろう。
凪は小さく笑って、「今からボスに会いに行くのよ」といった。


彼の働いている屋敷は、すごく広かった。
おまけにそこで一番偉い人なんて、誰が想像できただろう。
彼の執務室で、僕を見てちょっと驚いた後、彼は眉尻を下げて笑った。
いつもとまったく違う部屋で、困ったような笑顔が変わらなかったから、僕はひどく安心した。



何度か凪の時間が空いているときには、綱吉に会いに屋敷へ行った。
はじめに恐いと思った黒スーツ集団も、話して見れば案外普通だった。

彼らは綱吉をよく慕っていた。

―マフィアのボスとして。


人を傷つけて、殺すのか。この人たちも、凪も、・・・綱吉も?


実感がわかない。でも、それなら僕とおんなじだ。

綱吉にはじめて会った日、僕は父親を殺した。
でも本当の父親じゃない。本当の父親は僕が生まれてすぐ死んだそうだ。
あいつからすれば僕はただの厄介者だったのだろう。
母さんの目を盗んでは、僕に暴力を振るっていた。
母さんが病で死んでしまってからは、それがもっと顕著になった。

死ねばいい、死ねばいい、

ワインの割れたビンで頭を殴られそうになったとき、落ちていたビンのかけらを、無が夢中であいつの胸につきたてた。

何度も、何度も。

気がついたらあいつは冷たくなっていて、ぼくは血に染まっていた。

気持ち悪くなって、着替えて外へ逃げる。

行く当てなんて無かった。

死ねばいいと思っていた。

もう、楽になりたかった。

このまま凍えて死んでしまったら、何にも苦しまなくてすむ。
震える足で、たどり着いた閑散とした空き地。
ここでいい。

目を閉じて横たわった。





























「―きみ!ちょっと!」


駆け足で近づいてくる足音があった。
抱き起こされて、僕はうつろな瞳でその人を見る。
女?いや、少年か。
僕の顔を見て、その人が息をのんだ。
たぶん左右で色違いの目だ。
赤と青。あいつに気持ち悪いと、何度つぶされそうになったことか。


「ひどい怪我・・・」


怪我?あざのことを言っているのか。
そんなことのためにいちいち身をこわばらせるなんて、変わった人だ。

それにしても眠い。

何か僕に話しかけているようだが、すべての感覚が遠かった。
深い霧の中にいるみたいだ。

すると、いきなり感覚がはっきりした。
体に感じる拘束感で、抱きしめられているのだと理解した。
暖かいもので包まれる。
ゆるゆるとまぶたを上げれば、彼が僕を抱えて立ち上がるところだった。


「ごめんね、少しの辛抱だから」


そうして、走り出した。
走っている間ずっと、彼は僕の背中を優しくなでていた。
それだけで安心するような気がして、こわばっていた自分の体がするすると解けるような気がした。
すると、忘れていた寒さがよみがえって、体が小さく震えてしまう。
彼はあせったように僕を抱えなおし、スピードを上げた。




彼の家について、温かいコップを手渡された。
どうしていいかわからなかったので、黙って見ていると、彼は微笑んで、飲んでもいいよといった。
コップの中身は甘くて、そして温かかった。
彼みたいだと思った。




それが、綱吉とはじめてあった、大切な僕の記憶。







インカロ−ズに、キスをして








屋敷に行くと、彼の噂はいやでも耳に入ってきた。
弱冠14歳で、ボンゴレファミリーを受け継ぎ、マフィアの頂点に君臨。
歴代の中で1,2を争うほどの実力者だが、もっとも温和だといわれている。
しかし、仲間が傷つけられたときには激昂し、ひとたび戦場に赴けば、必ず勝利をおさめるそうだ。
また、彼が出た抗争では死傷者はほとんど出ない。敵にも、見方にも。
すべての命を守りながら戦う。優しい笑顔を持つ彼らしいと思った。


彼の力になりたいと思った。








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