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共犯者[4]
頭をまっさらにして振り返ってみると、蘇るのはどういうわけか、良い思い出ばかりなのだ。
それが決断へのハードルになるわけだが、近藤はそれを見事に越えることができた。
「トシ、ちょっと回り道してかねえか?」
「ああ、いいけど」
わざと人気の少ないルートを選ぶ。
これからする話は、二人だけの問題だ。
「話があんだ…」
「何だよ…まあ、このタイミングなら大体想像つくけど」
土方は近藤の方を見ず、静かに耳だけを傾けている。それを見てわかった。
自分が思考錯誤するまでもなかった。こいつの中では、とっくに終わっていることなのだから。
「別れてくれ…」
不思議なくらい、綺麗にその言葉が出た。こんな一言で片付いてしまうほど、人と人とのつながりは脆いものなのだな。
「わかった…」
彼はあっさり引き下がった。理由を尋ねることも、拒絶もしなかった。
側目で土方の横顔を伺っていたが、彼は少しだけ笑みを浮かべているだけだった。
その笑みは、近藤のとった選択肢への肯定の意に取れた。
そうか、本当に別れたかったのは彼のほうかもしれない。
高杉のおかげである程度の情報は持っている。
それを正面から突きつけてやろうと思い、用意してきたシナリオはこの時点で無に帰した。
それは無駄なことだと思った。
潮の引き具合が心地良すぎた。
この時ばかりは土方に礼を言いたかった。
下手な弁解などせずに、もはやこちらのことなど眼中にないと、態度で示してくれたおかげで吹っ切れることが出来た。
土方によって満たされていた部分がそのまますっぽ抜かれて、大穴が空いた状態になってしまったが、
ふらふらと、何とか歩くことが出来た。
後は、時間が解決してくれる。これでよかった。
廊下で再び“彼”とすれ違ったのは、翌日の帰り際だった。
「よ…」
変わりない挨拶だが、少しこちらを意識した目だった。
「よお…」
リハビリはまだ終わってない。
気の抜けた声で返事をすると、高杉が可笑しそうに、
「何だ、酷え面」
何かあったことを察したのだろうか。
時の力と自分自身の力で修復するつもりだったが、会うタイミングが悪かった。
情けないことに、この男に救いを求めたくなった。
「別れたんだ…」
この男に伝えるべきではなかったかもしれないが、弱った精神で冷静な判断ができるはずもない。
高杉はいささか意表を突かれた顔をした。
「そりゃあ、悪いことしたな」
言葉の割には、随分平然とした態度だ。
どちらにせよ、その結末からは逃れられなかったかもしれない。
高杉はその時を少し早めるきっかけを作っただけだ。
「で、そんなに落ち込んだ面してるわけだ…」
「………」
この男に求める救いとは何だ。
共犯者である、彼に。
ああ、そういうことだ。
「慰めて、やろうか?」
恐ろしい。弱みに付け込んでくる魔だ。
否、この場合はあえて、こちらが隙を作ったのか。
「お前…あの時、忘れてくれって」
「別れたんなら話は…別だろ?」
お互い口外しない、胸の中にしまっておくといったのは、相手がいたから。
「行こうぜ、この前のとこに…」
「お、おい…俺はいいけど、お前は先生が」
「そんなの今更だ」
高杉は本気で近藤を誘っている。躊躇の文字など存在しない。
なぜなら、始めたのは彼だからだ。
空き教室。数日ぶりだ。
あの時のように、高杉は近藤を先に入れ、重々しく、ひっそりと鍵を閉める。
外の光が届かない場所まで移動し、服を脱ぎ始める高杉を、近藤は待ち構える。
今度こそ、共犯だ。
「俺も、人のこと言えねえな高杉…」
人妻を寝とってる気分だ。
「大丈夫だ。若気の至りってことで」
何が大丈夫なんだかわからないが。
細い二の腕が近藤に絡み、首筋に唇を寄せられる。
「マジで、抱いちまうからな…?」
共犯だ、ということをもう一度確かめるために問うた。
高杉が笑って応えると、ぎりぎり繋ぎとめていた理性の、最後の一本が切れた。
あの時は余裕がなかったが、今日は違う。
その女のような生肌を丁寧に愛撫し、隅々まで撫で心地を確かめた。
土方も綺麗な身体をしていたが、それとはまた違った綺麗さ。
敢えて言うなら、こちらのほうが白い。
逆に似てるなと思ったところは、ところどころで挑戦的な目つきをしてくるところだ。
負けん気の強い。だが扇情的。
そうか。だから坂田銀八は…。
「高杉…」
「ん…っ」
椅子に座した自分に乗り上げ、情けなく上向いたブツを呑みこんでいく。
「入った…ぜ。わかるだろ?」
「ああ…動いていいか?」
返事を待つ必要もなかった。高杉は後ろに体重をかけ、自分で腰を振り始めた。
こんな姿を見せつけられたら、男はたまったものじゃないだろうな、と思った。
「ココ、だ近藤…ココを、突いて…っ」
感じる部分に近藤のモノを導く。
言われるがまま、近藤はぐっと高杉の腰を沈めさせた。
「あっ!」
「ココだな、高杉…?」
「ん…っ、そ、ソコ…あっ、イイ、そこ…っ」
どこで間違って自分たちは抱き合っているのだろう。
高杉の言うとおり、若気の至りか。それならそれでもいいか。
「あ、ぁぁっ、あ、イ、クっ」
余裕のない顔は思ったよりも幼く、可愛げがあった。
もう少しで吐精してしまいそうなところで、彼にキスをした。
好きとか、彼に対してそんな感情は元々ないが、睦み合っている時くらい、それに近い感情を持っても仕方ないだろう。
彼は少しだけ微笑んだ。
「あんま、んっ…優しいこと、されるとなぁ…」
ころっといっちまうかもよ?と冗談交じりに言われた。
そんなつもりはなかったが、彼と相思相愛の関係になれるもんならそれも悪くないか、と思った。
身体を許しあっただけで、ただ共犯であることだけで、一気に相手に近づいたような錯覚に陥る。
身体以外知ってることなど、ほとんどないのに。
身支度を整えたあと、どういうわけかその気になって聞いてしまった。
「お前さ…」
「ん?」
「先生と別れる気とか…ねえんだろ?」
言葉にしてみて、後悔した。
彼に別れる気があるならどうするのか。
「…見せてやるよ」
「え?」
廊下に出た。彼は左右腕まくりをする。
手首を近藤の眼前に突きつけてきた。
「お前…」
コレ。
近藤は息を呑んだ。
暗がりでは見えなかった。
だが今は生々しいくらい、はっきり映えている。
何かで縛られたような、それも物凄い力で縛られた痕が。
「こんなことを当たり前のようにする奴だ…」
その時近藤の目にははっきりと映った。
高杉の背後に見え隠れしている強大な影。
まるで見張り番のように突っ立っている、“あの男”の影が。
「誰にも言うなよ。あんただから、言ったんだ」
共犯だから。秘密を共有している仲だから。
「こんなことをされても、別れない俺。笑えんだろ?」
「………」
彼はくしゃっとした笑みを浮かべた。酷く胸を締め付けられた。
別れないんじゃない、別れ“られ”ないんだ。
手首の痕が証明していた。
手首同様、彼自身も縛られているのだと。
「大丈夫なのか?お前、もし…」
「おっとこんな時間だ。あんたももう帰った方がいいよ」
夕飯の支度をしなければ、と近藤の言葉は遮られた。
それ以上は踏み込むなという意思表示だった。
今はただ、彼の背中を見送るしかなかった。
*
終わりは始まりだというが、近藤との関係が終わった今、“もうひとつの関係”も、ここで終わらせなければならなかった。
セっクスをするためだけに自分の家に通い詰めるこの男との関係を。
「じゃ、帰るわ」
性処理を済ませると余韻に浸ることもなく、男はさっさと支度をして帰ろうとする。
「センセー…」
「何」
玄関で靴を履いている後ろ姿に浴びせた声は、散々喘がされたせいで少し嗄れていた。
否、疲れのせいもあった。
「もう来んなよ」
「………」
この男がどういう反応をするか皆目見当がつかなかったが、土方が別れを切り出した処で、
怒り狂うとは考えにくかった。
彼は動揺する風でもなく、静かに次の言葉を待っていた。
「近藤と別れた」
「…へえ」
「だから、あんたともこれで終わりにしたい」
元々はこんな男より近藤のほうが人間的に好きだった。
それだけは断言できる。それに、別れたいのは、それだけが理由ではない。
「俺は、高杉にはなりたくねえんだ…」
「………」
今や自分にとっての男は、この男だけになってしまった。よりによって、こんな酷い男だ。
近藤がいるうちは、その心配をする必要もなかったのだが。
「あんたを好きになるわけにゃいかねえんだよ…」
「………」
「だから、二度と来ないでくれ」
この時点ではあり得ない話だ。
だがこの男は中毒性が高そうだ。側にいればいるほど、引きずり込まれそうな気がして、怖かった。
実際、高杉がそうだ。
彼がどんな顔をしているのか想像もつかない。
黙したまま、また振り向きもせず彼は立ち上がり、早々に家を出て行った。
「嫌いでも、なかったんだけどな…」
しんと静まりかえった玄関の前で、ひとつ呟き言をした。
ナンダカンダ続いた(b)