純情エゴイスト

□心と体
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【刻む覚悟は唯一の支えとなる】
人が強くなる瞬間 それは守ろうと誓った時
逃げないと 己を鼓舞し
忘れない烙印を 心に刻む
逃げられないと 己を戒めるために


「いただきます。」
久しぶりの野分と食べる夕食。いつもは、和やかな甘い雰囲気のはずが今日は重くピリピリしていた。そんな中、口を開いたのは野分だった。
「ヒロさん…」
少し―いや、かなり怒の含んだ声で弘樹を呼ぶ。
「…なに。」
弘樹は野分の様子を見て、短くボソリと返した。だが、内心では不安と悲しみでいっぱいだった。
(今まで練習した通りに…計画通りに…)
これで、今までの全てが終わるのだと思うと、鼻の奥がツンッとくる。瞳が揺れるのを必死に我慢する。
(だって・・・これで野分が助かるのだから…。)
「ヒロさん、最近俺のこと避けてますか。」
いつもの優しい野分は、こんな低い声を出したりしない。
「なぁ野分、別れて欲しいんだ。」
弘樹の言葉に野分を箸をテーブルにたたき置く。
「どういう事ですか。」
野分の目が怒りで鋭く睨んでくる。
「好きな人ができたんだ。だから、別れて欲しい。」
声は震えていない。冷静に話せている。そんな弘樹とは対称に野分の身体は震えている。
「なんで、、、」
「だってお前仕事ばっかりでなかなか家に帰ってこれないだろう。
それに海外研修行くんだろう。
こんなすれ違いの日々に疲れたんだよ。」
一度顔を上げた野分の顔には、海外研修の事を知られているとは思っていなかったんだろう。悔しそうに唇を噛んでいた。
「そういう事だから、俺はこの部屋を出て行く事にした。荷物はもうまとめたから。一応、慰謝料じゃないけど、とうぶんの家賃は払っておいたから。この部屋も引き払ってもいいし。
あとなんかあるか。」
なるべく感情を込めないようにした。冷たくみえるようにした。これできっと野分の中の俺は最低なやつになる。それでいい。
俺じゃない誰かと、優しい恋に落ち、幸せな家庭を築いて欲しい。
「聞いてもいいですか?俺の事、本気じゃなかったんですか。」
本気じゃなかった、そういえば完璧だったのに。
「本気、だった。本気で愛してた。(今も)
人の心ってのは、変わるものだ。社会勉強だったと思え。
これからは、新しい恋を見つけるだな。俺の事は忘れろ。
海外研修も行ってこい。そっちでしか学べない事もあるだろう。一生に一度しかないかもしれない。そんなチャンスは逃すな。
お前は器用だけど不器用だ。人一倍の努力と忍耐も持ち合わせている。家事はパーフェクトだ。たまに肩の力を抜け。ひとりで背追い込むな。
次はきっとうまくいく。お前の望む家族を手に入れられるさ。
だから、さよならだ。」
恋とは愛とは、とても凄い。こんなにも人を強くできるんだから、
俺は、真貴という闇に囚われてしまった。それでも野分を思う気持ちに偽りはない。俺はこういう形でしか野分に幸せを作ってやれない。これは、俺のエゴだ。
だから、野分。幸せになってくれ。
弘樹が玄関に向かっても野分は追いかけてこなかった。
それでいい。チラリとみた野分は、小さく震え拳を握りしめていた。
(今は辛くても、お前なら幸せになれる。だから、元気でがんばれ。)
最後に強く念じて、弘樹は部屋を出た。ボロボロ落ちる滴を見られなくてよかった。こんなんじゃ、芝居にならない。
ゆっくりと少しフラフラしながら歩くと、見慣れた車とタバコを吹かした男が立っていた。
男の顔は、満足気だった。
弘樹は涙目を拭うでもなく、黙って男の車に乗った。
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