純情エゴイスト

□心と体
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弘樹は真貴に用意された退職届を持って、理事長室へと向かった。

辞表を提出された理事長は中身を確認して顔をしかめる。

「すぐかね。せめて今年度いっぱいはいられないのかね。」

「申し訳ございません。」

多くを語ろうとしない上條に理事長もため息をつく。

「惜しい人材をなくす。残念だよ。」

「そこまで評価していただいているのに申し訳ございません。」

「上條君。私になにかできる事はないかね。」

「いいえ。お心遣い感謝いたします。」

「そうか。」

理事長の苦しそうな表情に、これからの事に考えを巡らせている弘樹には気付かなかった。

弘樹が出た後、弘樹が出した退職届は、理事長の手の中で、くしゃくしゃになっていた。

真貴が用意した退職届は、内容は普通の物だ。

その内容は、弘樹も確認している。

だが、その用紙は真貴が経営する会社のグループで作成したもの。

その紙には、この件には真貴が関わっているため、手出しをするなというメッセージが込められている。

それは、大手の経営陣の中では、知らないものがいない裏のルールのようなものだった。


弘樹は、授業の合間に私物の整理をしていた。

本や研究資料は、大学へ寄付する事となった。

自宅にある本の山も大学へ送れば、資料として保管してくれるそうだ。

仕事は、試験の問題を含め、大体の目途はついている。

あとは、卒論を抱えている学生の仕上げだ。

その他後任の先生への申し送りなど、一週間は時間をもらわなければならない。

宮城教授へは、辞める事は言っていない。

学生へも春休みが明けるまで言わないように学長へお願いしている。

親へは、なんとか誤魔化して、捜索願を出させないように連絡しておかないと。

秋彦にも何も言わない方がいいだろう。

だが、一週間のうちに済ませないと真貴が動いてしまう。

真貴と関わりを持たせてはいけない。

弘樹は必死に頭を巡らせていた。

 
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