MURDERER
□No.34 制作中
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情報屋
本社
社長室
この世でこの部屋に出入りできるものなど、指の数ほどしかいない。
ましてや高額賞金首なんかが来るべきところではない。
しかし彼らは、違う。
襲撃したわけでもない。
侵入したわけでもない。
堂々とセキュリティを通過し、招待されたのだ。
彼に……
「やあ、待っていたよ」
意を決して扉を開くと、眩しい光が目を閉じさせる。
視界に広がるのは、壁一面のガラス窓。
そこに映るのは、活気に満ちたこの街が一望できる風景。
それをバックに、見るからに社長のデスクと椅子がある。
しかし椅子は窓の方を向いていて、こちらからは声の主は見えない。
息を飲むそのもどかしさに、4人はその椅子を凝視していた。
社長が、世界の謎が、そこにいる。
「スティング・ローグ、ラウル・クラジーク、ジン・ハルバート、そして…ダリア・ヴァーミスト。ようこそ。わが社、情報屋本社へ」
ギシリと音を立てて、椅子がゆっくりと回転する。
そこに座っていた者は…
いない。
「わっ、ダリア、足元」
ジンに肩を叩かれて下を向けば、いつのまにかそこに黒い猫がいた。
『うそっ……』
驚きに満ちた表情の彼女なんて、滅多に見れるものではない。
ダリアが驚いているのは、急に足元に黒猫が現れたことではない。
その黒猫自体が、彼女を仰天させているのだ。
『まさかっ、君…』
「にゃあ」
黒猫が一声鳴くと、部屋にいた者達が笑いだした。
社長席にしか気が向いていなかったので気付かなかったが、部屋には情報特務の面々と思われる顔触れが揃っている。
「ははっ、にゃあだってよ!」
「失礼だよ、慎みなさい」
「ダリアの前だからってかわいこぶっちゃってさー」
「いいだろう、可愛がられるのは猫の特権さ」
最後の台詞は、どの人からも聞こえなかった。
聞こえたのは足元。
予想はできた。
ダリアは目を丸くして黒猫を抱き上げる。
そして疑問を口にする。
『君が……、社長?』
途端、急な眩しさに目をくらませ、ダリアは目を手の甲で押さえた。
黒猫を手放してしまったが、猫なら高いところから落ちても問題はない。
そのことに関して不安はなかったが、妙な胸騒ぎがする。
胸の鼓動が高鳴り、体が焦っている。
体を支配する違和感の正体は、目を開けてようやく理解できた。
それは、何者かに抱擁される感覚。
「ダリア、ようやくこの姿で逢えたね」
『ちょ、離し…』
「会話ができないのは寂しかったよ。何度も会っていたのにね」
『ようやく辻褄が合った。あの黒猫、全部貴方だったのか……』
「そうだよ。君を見守っていた。社長としても、男としてもね」
光が消えて現れたのは、30歳も近いであろう男。
スラッとした体型は黒いスーツを着こなし、高い身長でダリアを包み込む。
そして、ダリアと同化するかのような、同じ黒髪と黒い瞳。
両手でダリアを優しく包み込む男――彼が、恐らく社長。
二人の足元に、黒猫はいない。
「失礼。急に抱き締めてすまなかったね。ここまで来てくれたことが心から嬉しくて、つい。許してくれるかい?」
『いい、けど……』
「フッ、君達は驚きすぎて言葉も出ないか?」
突然話を振られたジン達は、まさに社長の言う通りだった。
黒猫が、人間に?
この若い男が社長?
黒髪に黒い瞳
そして、ダリアに抱擁
後々質問攻めにされることは社長も察しているのだろう。
だからこそ彼は冷静に、こう言った。
「初めまして。私が情報屋社長、ドニスだ。よろしく」
――…