短編置場

□触れられない
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思えば、その話を俺たちが聞いたのは、あいつと出会ってから少し後のことだ。

「ごめんな、普段はそんなに重要なことじゃないから何も言わないようにしてるんだけど」
「あれのどこが重要じゃないって?!危なかったんだから!」

ちょっと困ったように頭をかくロイドの隣で、がきんちょが半分あきれたように怒っている。
事情の分からない俺たちテセアラの集団はこの状況にうまくついていけない。

「えーっとつまり…どういうことなんだ?」

俺の質問に逸れていた意識がこちらへ戻ったのか、ああごめんという謝罪が返って来た。
そしてシルヴァラント組の心配をよそに。
ロイドはあっけらかんとした表情のまま。



「俺さ、人に触れないんだ」



俺たちは呪われている。
みんな俺らに呪われている。

だからこれは、呪いの話だ。







「お前は…自分の生まれを、それこそ恨んだりとかなかったのか?」
「恨むって」

何で、と。
返って来たのはこちらをいぶかしむ返事。

「だってよ。人に触れないんだぜ?っつーことはだ。女の子の手も繋げないし、それこそあーんなことやこーんなことも」

出来ないんだぜ?といつものように茶化して質問しても。
ロイドはその意味もよく分かっていないのか、きょとんとした表情をするだけだった。
(純粋培養、おそるべし)

「…んー」

それでも言いたいことが何となく伝わったのか、ロイドが珍しく思案顔で思考を辿る。
そうだな、という言葉の後に続いたのは。

「リフィル先生の尻たたきを他の皆が受けてるのを見ると、羨ましかった」
「……ロイドくんがそっちの趣味だとは知らなかったぜ。まぁリフィル様のなら分からなくもな…あだっ」
「どういう趣味だって?」

べしっ。
ロイドの手元にあったノートが顔面に飛んでくる。
女の子とのABCは分からんのに、そっちは分かるのかよ(単純に馬鹿にしたような顔をしていたのがいけなかっただけか)

「リフィル先生のお仕置きはさ、全員尻たたきなんだよ。歳とかに関わらずさ」

「でも俺だけは、昔から違ってた」

それは、とてもあの女教師らしい考え方だった。
彼女はいつも素手で行動している。
いくらロイドが今のように、完全に体を守る服を着ているとしても。
もしかしたら、という考えがよぎる。

もし服が破れていて、そこに触れてしまったら?
叩いている拍子に、髪や顔に触れてしまったら?

―――そこに訪れるには、教え子の「死」だ。

いつから彼女がロイドの呪いの概念を知り、信用したのかは分からないが。
生徒を想う教師が手での制裁を避けるのは当然なのだろう。

「まあ、その分俺は足蹴りとか…教室で寝てたらチョークとか黒板消しが飛んできたけどな」

何という典型的なスクールライフ。
心の中でつっこむ。
口に出来なかったのは、さすがに場を弁えていたからか…ロイドの言いたいことが分かってきたからか。

「多分皆も気付いてないんだろうけど。そういうので先生が気を遣ってるのを見ると…ちょっと悔しい、かな」

皆、ロイドに纏わりつく呪いを知っている。
無意識のうちに、気遣う。
どんなに気の知れた幼馴染だって、命が関わることなら意識してなくても警戒してしまっているだろう。

まるで腫れ物みたいな扱い。
そんな環境のなか。

「でも、皆そんなの気にしないで遊んでたぜ?」

本当に?

鬼ごっこだって怖いだろう。
男の子だったら揉み合いの喧嘩だってするだろうに。

…残念ながら俺にはこのどれも経験にないので、想像するしか出来ないんだが。


ああ、この世界は呪われている。
俺もロイドも、呪われている。


なのに。

ふと、俺の手に温かくてごわごわしたものが触れた。
ロイドの手だ。

「…なに」

突然の行動にうまく反応出来なかった。
ロイドが笑う。
無邪気に、笑う。

「ほら、手袋ごしだったら手は繋げるだろ?」

手袋同士。
だからロイドの素肌の感触なんて全然伝わってこない。
それはロイドだって同じだろう。

それでも。

頬に手が伸ばされる。

「見ろよ。俺が手袋さえしてたら問題ないんだ」
「…俺さま、オトコです」

心持カタコトになる。
分かってるよ!と怒鳴られた。
冗談です。

「…怖くないのか?」

触れるのが。

純粋な疑問だった。
自ら死に近付くような、そんな行動。

「怖くなんかないさ」

虚勢ではなかった。
目が分かりやすいくらいそれを物語っていた。

ロイドはどこまでも、純粋で澄んでいた。
どす黒く濁った俺とは違う。

…そのことに言いようのない苛立ちが湧き上がる。

「…もし、今。俺さまが手袋を外してお前の顔に触ったら…ロイドくん死んじまうぜ」

ロイドを殺すのは簡単だった。
寝首をかく、なんて文字通り煩わしいことをしなくてもいい。
素手ならば、何でも出来る。
首を締めるために、手に首を掛けたとして。
こちらが手に力をこめる前に死んでしまう。

なんて、脆い。

人の命なんて脆いものだ。
あっという間に消えていく。
さっきまで動いていたものが、例えば爆発に巻き込まれると次の瞬間にはもう動かない。
だが、そんな一般的な命よりも。

ロイドの命はそれ以上に弱く、崩れやすいのだ。

「ああ。といっても具体的に呪いを踏むとどうなるのかってのは分からないから、すぐ死ぬとも限らないんだけど」

「でもゼロスはそんなことしないだろ?今までだって、もしやろうと思うならいつでも隙はあったさ」

疑問系ではなく、断定系。
しないと信じきっている。

……そのお天気な脳内に、一気に力が抜ける。

「…へいへい。ロイドくんは本当にお人よしだねぇ」
「何だよ、本当のことだろ。そんなに何年も一緒にいた訳じゃないけど分かる。ゼロスは本当にいいやつだよ」

ついでに何かすごく恥ずかしいことを言われた気がする。
ちょっとくすぐったいというのか、面映いというのか…ああこんなの俺さまらしくない。無理無理。

「へいへい。んじゃま、せいぜいその信頼を保つためにも努力致しましょうかね」
「おう、任せたぜ!」

何を任されたのかさっぱりであるが、何かもうそれすらどうでもよくなってきた。

ああ、どんなに呪われてようと。
この輝きは消えないんだな、とか。
そんなことを考えた。



改めてその頬へ触れたいと願った俺の手は、こんなにも呪いに縛られて、黒く染まっているというのに。
(だから無意識に伸ばしかけたその手を、無理やり握りこんで誤魔化した)







触れられない
(その呪いは、二人の違いを見せ付ける)







2011.2.15
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