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□おかあさんといっしょ
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「珪くーん!」
こんな、やたら人懐っこい調子で僕の名前を呼ぶやつは一人しかいない。
何がそんなに嬉しいのか、あいつはいつも満面の笑みでもってこちらへ向かってくる。
とりあえず、僕は毎回そんな綾時の顔面を押さえ付けてヤツを止める羽目になるのだが。
「わっぷ!ひどいよ珪くーん!」
「本当にひどいと思ってるならとりあえずそのにやにや笑いを止めろ」
「えー?」
本っ当にこいつは始終嬉しそうににやにやしている。
一体何がそんなに楽しいのか、僕にはそれがわからない。
「えへへー」
ばかばかしくなって手を退けると、綾時は僕が触れていた額辺りを嬉しそうに撫でさすった。
「…」
でこぴし。
「ったぁッ!?」
「お前本当ばかだろう。もしくは変態」
「うううひどいよぅ、ボクはキミが大好きなだけなのにー!」
でこぴし。
「ぴー!」
「お前恥ずかしい」
そう言って綾時はそのままに、僕はすたすたと突き当たりの階段を目指して歩き出す。
しかし面と向かって「大好きだ」などと言われたところで僕が赤面しもしないのは、綾時が1日に1回はそう言って(本人曰く)果てしない愛とやらを僕に訴えてくるからだ。
最初こそ、何を言ってるんだこいつは、と面食らったりしたものの、今では綾時の言うところの愛の告白なんぞは僕の耳には言葉というよりも廊下の隅のスピーカーから流れてくる校内放送並の生活音にしか聞こえない。
自然、綾時に対する僕の態度はコロマルに対するそれよりも適当になる。
僕にこれだけつれなくされてどうして毎日毎日飽きもせず校内で僕を見つけては全力で後ろを追っかけて来る気になれるのかが、目下不思議でしょうがないけれど。
でもそれと同じくらい不思議なのは―。
「綾時」
ヒリヒリしているのだろう赤い額を押さえて涙をこらえている綾時に、僕は古本屋のお爺さんにもらったカニパンを投げる。
「えっ?えっ?」
僕のデコピンはもれなく食らう癖に、投げたパンは器用に受け取って、面食らったようにパンとこちらとを交互に見る綾時が本当におかしくて僕は笑った。
どうしてお前はこちらから働きかけると途端にうろたえるんだ。
「今日賞味期限なんだ、それ。僕もパンだから、屋上行って食べよう」
そう言って三色コロネを掲げて見せると、綾時はようやく僕がパンを投げて寄越した意味を理解したようで、わかりやすい効果音が聞こえてきそうな程に瞳を輝かせて笑った。
「うんっ!」

綾時の、あのどれだけ適当にあしらっても懲りもせず飽きもせず僕を追いかけてくる呆れた物好き加減と同じくらい不思議なこと。

それは僕が、綾時がそうして毎日構ってくることをそれほど嫌だとは思っていないということだった。
 

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