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□7月25日
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「…」
「…あのー」
南さーん?と、隣で胡座をかいて座っているリーダーに、聞こえてないっぽいよなーと思いつつも呼び掛ける。
やはりというか案の定呼び掛けに気付いている気配はなく、目を閉じたままだ。
河原で泣きじゃくり始めてからこっち、背中をぽんぽんと優しく叩かれ頭をよしよしと撫でられて1時間。
涙が引っ込んだ今も、気付かれていないのか、まだ頭を撫でられ続けている。
しかしどうも人の髪を梳くのを楽しんでいるようでもあるその手つきは心地よく、陽介としてもあまり悪い気のするものでもない。
が。
そろそろ人の目というものが気になってきた。
特にたまに土手を通りすがる、同じ八高の女子から飛んで来る視線がかなり痛い。
胡座に組んだ自分の足を見つめながらどうしたものかと考えた陽介は、意を決して、
「ていっ」
と軽く葉だけむしった雑草を南の横っ面に投げつけた。
さすがにこれには意表を衝かれたようで、ようやく彼は陽介の頭を撫でる手を止め、その顔を見た。
「もう大丈夫なのか」
「あぁもうやっと気付いたな?おうよ、もーバッチリ平気ング!お前いつまで撫でてんだっつーの!」
照れくささのあまりクマの言動にも似た言葉を吐き出しつつ、ようやくいつもの調子で会話が出来る、と息を吹き返した思いだった陽介は、直後に心臓の止まる思いをする羽目になる。
「そうか」
誰に言えるものか、目を細めて安堵した南の表情に、不覚にも一瞬釘付けになったなどと。
陽介が落ち着いたと見た南は、すいと手をどけた。
しかし実際は「落ち着いた」どころではなく、陽介は目の回るような葛藤の渦に放り込まれ、心臓はおっかなびっくり脈を打っているような状態であった。
「(タンマ!ちょっ、俺タンマ!今ちょっと「あ。」って思ったろ!なんでちょっと名残惜しんじゃってんの、俺!)」
まだ頭には南に撫でられていた時の感触が残っていた。
知らず手が伸びて、その軌跡をなぞる。
そんなことをしていると不意に南が口を開いた。
「じゃあ、何か甘い物でも食べて帰るか」
「は?」
本気でキョトンとした陽介に、南は頷く。
「泣いた後は甘い物が効く。アメとかな。菜々子はプリンが好きなんだ。お前は?何か食べたいものとかないのか?」
と先に立ち上がった南が、まだ河原に座り込んだままの陽介に手を差し延べた。
すぐ目の前に差し出された手に陽介はどきりとしたが、その手の主の南は至って何でもない顔なのを見て、陽介は唐突に悟った。
「(あぁあ…!そっか…、こいつ天然なんだ…)」
抱き締めて背中をぽんぽんと叩いたりだとか、頭を撫でるだとかいう一見過ぎたスキンシップに思える一連の南の行動には、その実、その気だとか悪気だとかいったものは一切含まれていない。
菜々子も陽介も南には同じことで。
泣いていればあやす。
これはきっと相手が雪子であっても完二であっても変わらない。
…雪子は不満だろうが。
南は恐らく、天性の「お兄ちゃん」気質なのだ。
「(ちょい待ち。てことは何、変に意識したりキョドったりしたのは俺ばかりってこと?俺一人でグルグル?また?あー…もう、なんでいつもこーなるかなー…)」
小西早紀に対してもまた、一方的に想って一人で空回りしていた。
「?陽介?」
いつの間にか体育座りでそれを思い出して両膝に突っ伏していた陽介に、南が怪訝そうに呼び掛けたが、陽介はそれをやけくそに無視して「あーくそッ!」と叫び、勢いよく立ち上がった。
「四六商店行くぞ!当たり出るまでホームランバー食ってやる!」
甘酸っぱい青春てのが変な気にさせるんだか、もしかしたら本気なんだかイマイチ自分でもわっかんねーけど、それでも気になっちまった以上、第2ラウンド、上等!
やったろーじゃねーの!
見てろよちくしょー!
気焔を上げてずんずんと階段を上がっていく陽介に頷き、いつもの調子を取り戻した陽介の姿に満足した様子で南はその後ろに続いて歩いていった。
 

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