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□デジャ・ヴの少年
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―…『懐かしい』?
初めて来たはずなのに?

「綾時?」
彼に声をかけられるまで綾時の目は、在るはずのない月の影と、その光を引き立たせる(これまた落ちているはずのない)夜の闇を彼の部屋に幻視していた。
満月。
そうだ。
本来居るはずの天の住人と同じ顔をして、素知らぬ風に図々しく天頂に居座る禍々しき色。
闇に呑まれたこの部屋を不気味に覗いていたのは『いつも』この満月だった。

…いや。

違う。
言葉が足りない。

―『いつも、彼と会うとき』は、窓にこの満月が覗いていた。

―…何を、言っている?

僕はおかしい。
初めて来たはずの部屋で、何故こんな思いを馳せる?

どうしてこんなにも『懐かしくなる』んだ。

「また来ても…」
「ダメであります」
二人の間に融通のきかなそうな声が割り込んだのは突然だった。
「あ、ぁあアイギスさんっ!?」
あまりに唐突過ぎた出現に驚き、綾時は思わず飛び退いた。
じろりとアイギスの容赦のない睨みが突き刺さってくる。
珪へ尽くす姿勢から反転して向けられるこの視線には、敵視する者へのもはや呪詛じみたものが感じられた。
アイギスの背からは、「帰れ」もしくは「駄目」の二文字が次々と立ち上ぼっているように見える。
その存在感は、数々の女性に声をかけてきた綾時をして、怖い、と思わしめた。
しかし綾時はそんなアイギスの頑なさに、いっそ微笑ましいものを感じる。

いつかその気持ちの「答え」に気付くと良いね。

「ふー、やれやれ。そんなに僕って駄目?射程外?」
「オルゴンスレイブの射程内においては既にロックオンを完了しているであります」
「へ?」
「アイギス!」
何故か珍しくも慌てた様子で、彼が悲鳴のような叫びを上げた。
彼女の右の五指を、包むというよりも隠すようにして手を握って、何かを言い聞かせている。
待っている間、いつのまにかほつれて前に降りてきていた前髪を後ろになでつける。
途中で2人してチラとこちらを向いて、また何か言って話は終わったようだった。
「悪かった。アイギスにも悪気はないんだ。許してやってほしい」
「そんな、許すだなんて」
なんでもないと手を振る。
そうして見た彼の後ろで、アイギスが、よかれと思ってやったことで叱られた子どものようにしゅんとうなだれているのが見えた。
「アイギスさんは君のことが大切みたいだからね。うん。だから、アイギスさんも気にしないで」
「だってさ、アイギス。…ありがとう、そう言ってくれると助かる。アイギス…ここで待っててくれ、綾時を玄関まで送ってくるから」
「!しかし!」
「アイギス」
それは有無をいわさぬ力を持った声だったが、親が子に言い聞かせるような声色に近かった。
「大丈夫だから」
「…了解であります」
今度こそシュンとした様子で、彼女は2階にとどまって、綾時たちを見送った。

「彼女はよっぽど君のことが好きなんだね」
とんとんと階段を降りながら、彼の横顔を伺う。
「好き…ねぇ」
しかし彼はどうも困った顔をする。
「ラヴ以外の何だって言うんだい?」
「違うよ。少なくともお前が考えているようなものじゃない」
「?分らないな」
「ちょっと難しいんだ。アイツのことは」
彼にしては珍しく、はっきりとしない物言いだった。
彼の珍しい面を見るのは今日はこれで2度目だ。
階段を降り切り、サロンに出る。
カウンタに置かれた、寮の入退出者名簿の「望月綾時」の名前の横に彼が退出時間を書き込むのを覗きながら、綾時はぽつりと呟いた。
「妬けるね」
「?何だ?」
「んーん?何でもないよ。今日はありがとう。じゃ、またね」
「あぁ。また明日」

寮の外に出て、一呼吸。
『妬けるね』
自然と口を突いて出た言葉だった。
内心自分でもびっくりだ。
妬ける、って一体何になのか。
それに、

一体誰に。

…どちらに。
 

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