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□鍋
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「(今日はどうしようかな…)」
家路を辿りながら、夕食に考えを巡らせる。
特に食べたいものがあるわけでもない。
何が家にあったか、といったことを考えながら歩いているうちに、ふと、逸人は自身が白い息を吐いていることに気がついた。
そうして思いつく。
「(鍋…)」
手間もかからないし、身体の中から温まることが出来る。
それにひとり頷いて、そこから先は鍋の方向で思考を進め始めた。
(白菜もまだ残っているし、人参も…もやしも入れてしまおうか)」
適当に具材を考える。
何が食べたいというよりも、自宅の冷蔵庫の何を処分する必要があるか、ということを中心に。
「…うん」
頭の中である程度まとまったところで自宅に辿り着いた。


出汁を取り、大体の具材を入れたところで不意にチャイムが鳴る。
「(こんな時間に…誰だろう)」
覗き窓を覗いても、誰の姿も見えない。
首を捻りながら扉を開けると、がつん、と何かにぶつかった。
「?」
扉の向こうを覗く。
そこには図体のでかい、見覚えのある背中があった。
「経一…?!」
「うっ、うっ…逸人おおお」
「…」
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔を見、逸人は思い切り嫌そうな顔をして扉を閉めた。
「何で?!逸人?!逸人おおお!」
どんどんと、泣きながら呼ぶ声が辺りに響き渡る。
「うるさい!扉を叩くな!」
「親友がずたぼろになって訪ねてきたってのにお前…!お前…!」
堪らず扉を開けて怒鳴り付けた逸人に、経一は泣きながら自らの不憫さを訴える。
「あああもううるさい!近所迷惑になるだろう!」
面倒くさそうに頭を掻いて、逸人は扉はそのままに中へときびすを返した。
「逸人…?」
恐る恐る中を窺ってくる経一に、ああもう、とため息をつきながら振り向く。
「中に入れと言ってるんだ!」
その言葉に、経一はただでさえ酷いありさまだった顔をさらに涙と鼻水でいっぱいにして逸人に抱きついた。
「逸人おおお!」
「うるさい!抱きつくな、うっとうしい!」

「どうせパチンコで無駄遣いでもしてほっぽり出されたんだろう」
「うっ」
顔を拭うようティッシュの箱を差し出すと、経一はぎくりと首を竦めた。
「やっぱり…」
ため息をついたところで、かたかたと台所からする軽く蓋が震える音に気付く。
「あ」
その音に振り向いた瞬間、ぐきゅるるるという腹の虫の鳴き声が頭の後ろから聞こえた。
「…はぁ」
世話が焼けるとばかりに額に手をついて、立ち上がりざまに経一の顔を見る。
「…食べていくか?」
「!!」
まさかそんな言葉をかけられるとは思っていなかったらしく、経一は何度も目をぱちくりとさせて逸人を見た。
「いっ、いいのか?!」
「僕だってそこまで薄情じゃない」
「いっ、いっ、逸人おおお…!」
「だから泣くなって!」

「何だこれ?!豆腐とあと野菜ばっかじゃねぇか!」
「うるさい。文句があるなら食うな」
「お前毎日こんなんなんじゃねぇだろうな?!」
「こんなんって?」
「肉食え!肉!」
「お前26にもなってまだ肉ばっかり食べて…」
「お前は食わな過ぎなんだよ!」
「うるさいなぁ。だから文句があるなら食べるなよ」
「俺は!お前を心配してっ…!……食うに決まってんだろうが!お前の手料理!」
「てりょ……何言ってるんだ、お前気持ち悪いな…」
「泣くぞ!」
「追い出すぞ」
「かわいくねぇ…お前中坊ン時からホンット変わってねぇな」
「変わってないのはお互いさまだろう」
「大体なぁ…」
「○×△」
「!☆●∞」
「£…」
「%!…」
「…」
「…」
「…」

そして夜は更けていく…。
 

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