保健室の死神

□フルーツタルト
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「ううう、さっみ!あんたこのクソ寒いのに何してんだよ!」
暖房をつけたままでは空気が悪くなると思いデスクの前の窓を開けると、布団にくるまった藤くんから非難の声が飛んだ。
掛け布団を頭からかぶって前で塞いでいるさまは、どこかかまくらを連想させる。
もしかしてお家でも、朝はあんな感じで布団にくるまって動き回っているのだろうか。
いや、自宅ならこたつに入ったまま出ないでいるのかもしれない。
「ちょっとの間寒くなるのは申し訳ないけど、ときどき空気の入れ替えをしないと体に悪いからね…」
「ううう、開けんのはいいけどそっちの窓だけにしろよ!あと全開にすんな」
「はいはい」
そのあまりの嫌がりようがおかしくて、思わず口元がほころぶ。
要望通り、開ける幅を15cmほどに留めるも、開けたときにも増して、冷たい風が保健室の中にさっと吹き込んだ。
「さっみ!」
「あ」
開けてから、はたと気づく。
換気をするのならば片方の窓を開けるのでは駄目だ。
「ごめんね藤くん」
言いながら反対側へと踵を返す。
「あ?」
「ちょっとこっちも開けるね」
「ふざけんなー!」
「だからごめんねって。こっちも開けないと空気が通らないんだよ。すぐ閉めるから」
「すぐだぞ!マジですぐ閉めろよ!」
はいはいと先ほどと同じ調子で返事をして、デスクの対面となる入口のそばの窓を薄く開けた。
通り道が出来たことで、冷えた空気が床を中心にまんべんなく部屋中に広がっていく。
振り返ると藤くんがデスクの上のあるものに視線を向けていた。
「?お腹がすいたのかい?」
「んや、先生そういうの好きなの?」
そういうの、が指しているのは今朝行きがけに買ったクッキータイプの栄養食品だ。
鮮やかなフルーツの写真が印刷されたパッケージには『食物繊維、カルシウム、鉄、10種類のビタミン』などと書かれている。
「そういうわけじゃないけど…」
「よく買ってんじゃん」
「そうかな?」
「昨日はチョコだった」
「よく見てるね」
「そりゃあ…」
そこまで言って、藤くんは急に歯切れが悪くなった。
何やらもごもごと、口の中で拗ねたように言葉をもてあそんでいる。
「?」
「…そりゃあ毎日ココに来てんだから、いやでも目に入るに決まってんじゃん」
「…顔を出してくれるのは嬉しいけど、養護教諭としては微妙な気持ちにならざるを得ないなぁ…」
「細けーこと気にしてっとハゲんぞ」
「それはちょっと困るかも…」
「まぁハゲよーが何だろーが俺は……………………だけどな」
ばさばさとデスクの上に積んであった書類が、入口のそばにいる自分の足元まで飛ばされてくる。
風にあおられたカーテンの布同士がぶつかり合う音が、何事か言いかけていた藤くんの声を遮った。
あわてて風が吹き込んできたグラウンド側の窓を閉め、外にはみ出したカーテンを部屋の内側へとしまう。
「ごめんね藤くん、いま何か言ってたでしょう?」
「…いや、大したことじゃねーから」
「そう?」
「全然。さっき言ったろ?細かいこと気にしてるとうちの山蔵みたくなるぞ」
「それって藤くんはどうなの?」
「俺はハゲねぇ。断固としてハゲねぇ」
「ふふふ」
「じゃ、俺ハゲねぇために寝るから」
「はいはい」
しゃっと仕切りが閉じられるのを見、足元に散らばった書類へと手を伸ばす。
「(何て言ってたんだろう…?)」
書類の束を抱えながら、さっき藤くんが言いかけていた言葉に頭を巡らせつつ、僕は廊下側の窓をそっと閉めた。
 

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