保健室の死神

□絆創膏
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いつも通りの保健室での昼食時、藤は派出須の首に見慣れないものを見つけた。
「(絆創膏…?)」
首の後ろ寄りの部分という、よく見ないと分からないところに、黒いワイシャツに隠れるようにして絆創膏が1枚、貼られていた。
「(怪我…?)」
それにしては珍しいところにしているものだと思う。
弁当を掻き込みながら、怪我でなければ他には何か、と考えていた時、まさか、と衝撃の発想が脳裏を駆け抜けた。
「?!」
箸を取り落としかけて引っ掴むように握り直し、お茶を入れている派出須のほうへ勢いよく顔を向ける。
「ふ、藤くん…?」
突然の藤の行動に戸惑った明日葉の声が後ろから投げ掛けられたが、藤はそれどころではない。
「(まさか…まさかな)」
真っ先に浮かんだのは、七夕の笹に不遜な願い事を書いた、あの経一という派出須の同級生らしい厳つい顔の男。
「(ない…ないない)」
思い巡らした考えは、想像の域を出ない妄想である。
「(…)」
だが気にはなる。
しかし本人に絆創膏のことを聞くタイミングが図れず、藤はただ絆創膏が貼られたその部分だけを、さりげなく目で追い続けるしかなかった。
しかしそんな藤の視線に、さすがの派出須も気付いたようで、人数分のお茶を入れたところで「どうしたの?」と声を掛けられた。
その問い掛けに藤はぎくりと固まる。
「藤くん?」
らしくなく硬直した藤が余計に気になったのか、訝しげに尋ねてくる派出須の視線に耐え切れず、やがて藤はぼそりと呟いた。
「…それ」
「?」
「首の」
「あ、これ?」
言われて何の事かを理解したらしく、絆創膏が貼られている辺りを撫でる。
そしてその答えは、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
「蚊に刺されちゃって…」
「…え?」
考えていた答えのほうが重過ぎて、思考がすぐに追いつかない。
派出須は「もう大丈夫かな」と呟いて、ぺり、と絆創膏を剥がした。
「シャツの襟で擦れて、いつまでたっても治らないから、薬を塗った上に絆創膏を貼ってたんだよ」
剥がしたそれを捨てたゴミ箱のすぐ上、派出須のデスクの上には軟膏タイプの痒み止めの姿。
「…」
「藤くん?」
現実のあまりのあっけなさと自分の想像の先走り加減に馬鹿馬鹿しくなって、俯いて肩を震わせるしかない。
やがてやけくそに近い力でコップを置いて、藤は立ち上がった。
「紛らわしいことすんなっつーの!」
羞恥に頬を染めた顔を見られないように、藤は食べ終えた弁当とコップはそのままに、くるりと背を向けて、もはや専用の個室となった窓際のベッドへと向かう。
「えっ…?えっ?な、藤くん何を怒ってるんだい…?」
傍目には突然切れたようにしか思えない藤の言動に、派出須はおろおろとその背中に問い掛けた。
しかし、顔は赤いわ恥ずかしいわで、藤も振り向くことが出来ない。
「怒ってなんかねーよ!」
恥ずかしさを誤魔化すようにぶっきらぼうに答え、そのまま仕切りを思い切り閉めた。
「???え…怒ってる、よね…?」
きょとんと、置いてけぼりを食らったような顔で、派出須は「ね…?」と自信なさげに明日葉に問い掛ける。
その声が聞こえ、これ以上追求されたくなくて、藤は仕切り越しに声を投げた。
「寝る!」
そう言って頭から布団を被る。
頭の中を、再びあの妄想がかすめた。
違っていたとはいえ、いや、違っていたからこそ、一度思い浮かべてしまった妄想に、うっかり意識を向けてしまう。
「(頭ん中沸き過ぎだろ、俺)」
思わずため息や呟きを声に出しそうになるのを、口元を押さえて堪えた。
「(まぁでも…)」
鼻からゆっくりと息を吐きながら、しかし藤はもう一つのことを思う。
「(…違ってて良かった)」
まだまだ、あの鈍感な保健室の主を振り向かせるには時間が掛かりそうだけれど。
「(…俺もちゃんと思春期ってヤツだったんだなー)」
などと若干ずれたところに感心しながら、今日これからどうするか、目下昼休みが終わった後についてを考えることにした。
藤が怒っていると勘違いしているあの養護教諭は、何も言わなければずっと、気にし続けているだろうから。
 

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