保健室の死神

□短冊
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「…」
辞書曰く、和歌・絵などを書く細長い紙…『短冊』を、藤は30分ほど前から何を書くでもなくじっと見つめていた。
今日保健室に来たら「どう?」と派出須に渡されたものだ。
親しみやすい空間になるようにと、派出須は季節のイベントに合わせた飾り付けを怠らない。
七夕の今日は、ご丁寧に小振りながらも立派な笹まで用意されていた。

「どうしたんだ?これ」
「三途川先生に頂いたんだよ」
「へぇ、太っ腹じゃん。これ結構立派なやつだろ」
「うん。今度何かお返ししなくちゃね」
何がいいかなぁと考える派出須。
その横で、笹に既に短冊が2枚ほど結ばれているのに気がついた。
片方を手繰り寄せる。
「誰?」
「あっ、三途川先生の字だね」
短冊にはこう書かれていた。

“少年の思いが報われますように―鈍さは罪だぞ逸人くん”

「?!」
「?何のことだろうね?」
「…さ、さぁな」
派出須は短冊を見ながら”?“マークを浮かべている。
「(どこでばれた…いつばれた…)」
そんなことを悶々と考えながら、藤はぎこちない動きで短冊を元に戻し、隠すように笹の葉をかぶせた。
三途川校長の短冊の話題が続かないよう、反対側を向いているもう片方の短冊を裏返す。
「?きったねー字だな」
「…あ」
途端に派出須が参ったように額に手をついてため息をついた。
「先生?」
「あいつちゃっかりと…」
その様子からぴんと来る。
派出須が忌々しそうな口調になる相手といえば1人しかいない。
「経一っつーオッサン?何で?」
「三途川先生がこの笹を校長室まで運ぶのを頼んだみたいなんだ。多分そのとき結んだんだろうな…ったく」
こちらの短冊には次のようなことが書かれていた。

“2人を嫁に貰えますように”

「…は?」
「意味分かんないな…1人は鈍だとしても2人って…」
「…!」
派出須が片方を特定した瞬間答えに至った藤は、その場で経一のものらしき短冊を破りたくなる衝動を必死に堪えた。
「まぁしょうがない。…せっかくの七夕だし。…経一の願いは叶わなくていいけど」
そう言ってお茶を沸かしに派出須がこちらに背を向けた瞬間、藤は経一の短冊を抜き取った。
「こんな不吉なモン飾らせるかっつーの」
鼻息荒くため息をついて、短冊を丸めて鞄に突っ込む。
そしてソファにどっかりと座ると、シンクのほうから派出須の声が聞こえた。
「藤くんは?どんなことお願いするの?」
「俺は…」
何を言おうとしたわけでもない。
しかし口を開いた瞬間に、
「ちわーっす!」
無駄に元気の良い美作の声に遮られた。
「いらっしゃい、美作くん」
「こんにちはー」
続いて明日葉、真哉、本好が入ってくる。
「いらっしゃい」
あっという間に保健室はいつものわいわいとした空間となった。

それから美作ほか全員が短冊を書き、笹に吊るす中、藤は白いその面をじっと見つめて何事か考えていた。
「藤ー!お前どうすんだよ?書かねーのか?」
美作が急かすように呼び掛けてくる。
「…」
「藤ー」
やがてボールペンを手に取り、かきりとキャップをくわえ書き出した。
乱暴に書きなぐったそれを派出須に手渡す。
「ん」
「あ、書いてくれたんだね」
すると、派出須は「ありがとう」と嬉しそうに受け取って、いそいそと笹へ結んだ。
隣に座った明日葉が藤に問い掛ける。
「何て書いたの藤くん?」
「んー?別にいつもと変わんねーこと」
「見ていい?」
「おう」
明日葉が短冊を見にソファを立った後、藤は派出須を見上げた。
「なぁ」
「ん?何だい?藤くん」
「あんたがいるとこが保健室、って考えていいんだよな?」
「うん?」
藤の言葉に最初きょとんとしたようだが、やがて照れたように派出須は微笑んだ。
「そう言ってくれると、嬉しいな」
その表情を見て、藤も満足げに口元に笑みを刻む。
「覚悟しててくれよな」
「?何が?」
「何でも」
「もう藤くん何これー!」
真哉や明日葉の笑い声が聞こえる。
「えっ?何なに?」
結んだときに見ていなかったのか、派出須も笹のほうへ歩いていく。
短冊にはこんなことが書かれていた。


“これからも保健室でさぼれますように”

 

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