保健室の死神

□早口言葉
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昼休み終了5分前の保健室。
いつものように集まって昼食を食べていた明日葉たちは、各々次の授業のために三三五五、散り始めていた。
本好や美作たちが出ていくのに続いて保健室を出ようとして、明日葉は保健室の中へ呼び掛ける。
「藤くんは?行かないの?」
「次美術だろ?俺パス」
「うーん…今日ぐらい行っといたほうが良いと思うよ。もう3回はサボってるし」
派出須はそう藤を引き出そうと頑張る明日葉を微笑ましそうに見つめ、藤に声を掛けた。
「終わったら昼寝に来ていいから。せっかくだから行っといで?」
そう言われ、藤は派出須を見、次いで明日葉の顔をちらと見る。
そして頭をかきながら、読んでいたジャンプをテーブルに置いた。
「しゃーねぇな」
「!藤くん…!」
明日葉の顔が輝く。
「じゃあゲームで俺に勝ったら出てやるよ」
「え、ゲ、ゲーム?」
「先生が俺に勝てたら、授業に出てもいい」
突然指名された派出須が、自分を指差して、戸惑いながら聞き返した。
「ぼ、僕…?」
「…藤くん」
この瞬間、明日葉は藤が授業に出るつもりは皆無なのだと悟った。
「(絶対ハデス先生が勝てない勝負を挑むに決まってる…もう絶対。…けどそんなこと言ったら先生間違なく落ち込むし…)せ、先生がんばって…!」
「!生徒から励ましの言葉がッ…!…うん、先生がんばるよ…!ありがとうアシタバくん…!」
薄ら寒い視線が横から向かってきているのを感じたが、明日葉は敢えて明後日の方向を向き、見なかったことにした。
「じゃあ、これで選ぼうぜ」
立ち上がり、藤は棚の上のある物へ手を伸ばす。
それは、今日は使わなかったが、ときどき明日葉たちが昼休みに遊ぶゲームを決める時に使っている段ボール箱だった。
箱の上面には、手を入れるための丸い穴が空いている。
その箱が、ずいと派出須の前に差し出された。
「ほら、あんたが引けよ」
「えっ、いいの?」
「俺が引いたらフェアじゃねーだろ」
「藤くん…!」
藤の紳士な振る舞いに感動したのか、派出須が「うっ」と涙ぐむ。。
「早く引けって」
「うっ、うん…」
明日葉くんも藤くんも、みんな立派な子たちだなぁ、と涙ぐみ呻きながら、派出須は立ち上がって箱に手を入れた。
そうしてごそごそと取り出した紙に書かれていたのは。
「早口…言葉…?」
「決まりだな」
心なしか顔色が悪い派出須の広げた紙をすっと手にとり、折り畳んで箱の中へ戻す。
その箱をテーブルに置いて、明日葉のほうへ首を振り向けた。
「アシタバ、何かいいの無ェ?」
「えっ」
「早口言葉」
「えっと…」
何がいいかと考えている間に、5限の始業を告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ、赤巻紙青巻紙黄巻紙…とか…?」
実のところ明日葉としては派出須に勝たせたいつもりもあったので、なるべく言いやすそうなものをと考えていたのだが、チャイムの音に焦ってしまい、少々言いにくいものを選んでしまった。
「じゃあ最初はそれな」
次いで口を開こうとしたところで、藤は明日葉に声を掛ける。
「アシタバ、俺のことは気にしないで行っていいぞ。負けたら大人しく行くし」
「(負けない。藤くん絶対負けない)あ…うん、分かった。じゃあ後でね」
当たるのが確定している予感を胸に抱きつつ、明日葉は派出須に退室の挨拶をして保健室から出て行った。
「よし、じゃあどっちが先に言うかジャンケンな」
「あ、うん。最初はグー…でいいんだっけ?」
「おう」
ジャンケンの結果は藤の負けで、先に言うこととなった。
しかし割と何でもないことのように色んなことをさらりとやってしまうのが藤である。
一度も噛むことなく、滑らかに3回言ってのけた。
「これで次言えなかったら先生の負けな」
「うっ…が、頑張るよ」
これも藤くんのためだもの…!と込めなくてもいい力を込めて息を吸う。
「…あんまり張り切り過ぎると舌噛むぞ」
どうやらそんな忠告は聞こえなかったらしい。
派出須は、よしっ、と気合いを入れて口を開いた。
そして。
「あかまきがまおまきがみきまきがッ…」
案の定盛大に噛んだ。
声にならない悲鳴を上げ、堪らず口元を押さえてデスクに手をつく。
「…っつかフッツーに途中から噛んでるからな、あんた」
しかしそんな容赦ない突っ込みにも無反応な派出須の様子を見て、藤は背を向けたその顔を覗き込んだ。
「…もしかして舌噛んだ?」
派出須はこくこくと口元を押さえたまま頷く。
「はぁ…血ィ出てっかもしんねーから見せてみろよ」
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