その他SS

□仏の顔も…
1ページ/2ページ

 
執務室から、少年の機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてくる。
その歌の主はエミリオ。
白銀の翼を露出し、空中に浮かびながら楽しげに手先を動かしている。
「…エミリオ、先程から何をしているのです?」
「あ、動かないでよ、ウォン。これなかなか難しいんだから」
突然テレポートで執務室へやってきたかと思えば、彼はウォンの背後へふよふよと回り込んだ。
極秘書類を覗き込む等のことは日常茶飯事であるため放っておいたところ、後ろでもぞもぞとウォンが後ろへ流している黒髪をもてあそび始めたのである。
「楽しいですか?」
「まぁ、それなりに?」
やはり特にウォン個人に用があるわけではなく、単なる暇つぶしに来たらしい。
おおかた刹那を叩きのめすのに飽きたか何かして、気晴らしにこちらに来たのに違いない。
「…なんでも良いですが、ぞんざいに扱わないでくださいね。これでも一応気を使っているのですよ」
「育毛剤増えてたもんねー」
ぴしりと、皮肉にも軍サイキッカー部隊を統括する司令官の「時」が止まる。
「…エミリオ」
「あっはっは、ウォンも「くろーしょー」ってヤツ?大変だねー」
その要因の一つはあなたが担っているのですがね、とは口が裂けても言わない。
この軍サイキッカー部隊の指揮官であるウォンが主であるこの執務室は、当然ながら並のサイキッカーは勿論、刹那やガデスのような能力が高めのレベルのサイキッカーであっても容易にテレポートで入ってはこれない仕様にしてある。
しかし彼は毎度やすやすとテレポートで部屋に入ってくる。
超能力のレベルの高さ、とりわけ破壊力については、この天使のような容貌の少年の能力はこの部隊の中で突き抜けているのだ。
迂闊に機嫌を損ねようものならまず間違いなく刹那とこの執務室が吹き飛ぶ。
何の関係もない刹那がとばっちりを喰うのはもはや恒例行事だが、この部屋は日当たり、調度品も含め、なかなかに気に入っているのだ。
そう簡単に台無しにされてはかなわない。
とりあえず、エミリオへの常なる対処法として「好きにさせる」ことにし、ウォンは手元に流れてきた書類のチェックに集中することにした。
明確な被害が出ない限りは、この光使いの少年には好きにさせるに限る。
「それにしても…まぁあなたは何をするにもそうですが、唐突ですねぇ。今回は何を見たんです?」
ペンを走らせながら、ウォンは話し掛けた。
ちなみに前回、エミリオは出先でマジシャンの興行を見たらしく、突如軍の備品を使い、大掛かりなマジックショーを演習場で展開している。
そして爆弾脱出マジックにエンゼルハイロウで抵抗不可にさせられた刹那が巻き込まれ、見事に爆発炎上していた。
それと比べると、今回はまぁ随分と穏やかである。
ウォンが問い掛けると、エミリオは楽しげに答えた。
「んー?こないだパティ、だっけ?「遊びに行」ったらその子、すんごい変な髪型しててさぁ」
エミリオの言うところの「遊びに行く」は軍の命を受け、「襲撃」を行うことである。
数日前、彼にパティもといパトリシア・マイヤースを捕らえるよう任務を与えたのだが、一緒にいたというマイトなる電撃使いに不意を打たれたエミリオは一時退却を余儀なくされ、荒れに荒れまくって帰還してきた。
「…」
思い出すだにぞっとする。
そのときは、ちょっと技が似てるからイラッとするという、ただそれだけの理由でガデスがターゲットとなり、そのガデスがあちこちと逃げ回ったせいで、演習場に始まり食堂、中庭、寮、研究室、そしてこの執務室までもが破壊される羽目となってしまった。
この執務室は、エミリオが目覚めてからというもの何度破壊されたかはもう数え切れないが、まだ真新しいのである。
先の大暴れでスッキリしたのか、今でこそ無邪気にパティについて話しているが、いつマイトへの怨み辛みが再燃するかと思うと、ウォンとしては胃の痛いことこの上ない。
「でーきたっ!」
そしてその懸念に気をとられ、迂闊にもウォンはこのとき自身の髪が背後でどのような状態になっているのかまで意識を向けられていなかった。
「気が済みましたか?」
「まぁね」
予想よりも大きくいじられた感触はない。
「じゃ」
本当に気が済んだらしく淡白に彼は執務室から姿を消した。
大きな三つ編みでもされるのかと思っていたが、考えてみればエミリオはこの長い髪を三つ編み仕切るほど気の長いほうではないし、実はそれほど手先が器用でもない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ