ミッシングパーツ

□猫と洗濯
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急ぎの調査もなく、のんびりとした昼下がり。
猫探しの依頼を受けて動いていた恭介は自宅に寄り、休憩兼昼食をとっていた。
テレビでは『布団のシーツを洗う頻度は?』というアンケートをバラエティで流している。
残り物で作ったチャーハンを食べながら、恭介は呟いた。
「3日に1度かな…冬なら1週間に1度とかだけど」
「え」
恭介の答えに頓狂な声を漏らしたのは、対面でチャーハンをかっこんでいた哲平。
たまたま掛かってきた電話で今日の依頼のことを話した際に、ヘルを探すので猫探しには慣れているからというので調査にくっついて来たのだった。
昼飯時でどうしようかというときに掛かってきたので、単に今食べているこれが目的だったのではないかという気はするのだが。
「……哲平」
視線を向けると哲平はぐりんと顔を逸らす。
「いや、たはは恭ちゃんそんな熱う見つめられたら流石のオレでも照れてまうわー、もー困るわあー」
「…あの部屋見たらそこらへんは想像つくけどな…白状しろ哲平、最後に洗ったのはいつだ?」
「…………………………さあ」
たっぷり1分は待った末のそんな答えを聞くやいなや、恭介は無言で立ち上がった。
「あ、あの、恭ちゃん?真神恭介さん?」
未だチャーハンを食べている哲平の襟首を掴んでそのまま容赦なく柏木邸へと連行する。
ご隠居とお手伝いさんに丁寧に挨拶をし、しかしその右手では襟首をしっかりロックしたまま、哲平の部屋のふすまを開け放った。
「……………」
「……………な、なあ恭ちゃん猫さがし…」
「……バケツと雑巾とゴミ袋」
「あの、恭ちゃ」
「さっさと持ってくる!!」
「はっ、はいい!!」
哲平がどたばたと駆けずり回りだした様子に、居間のふすまからご隠居が面白そうに顔を覗かせる。
「はっはっは、また始まったな」
部屋がきれいになるのだからたまにはいいだろう、とご隠居は遊びに来ていたヘルシングの頭を撫でながら部屋の中へと戻っていった。
廊下の向こうから響くは、もはや恒例となりつつある哲平の泣きそうな訴え。
「堪忍してーな恭ちゃーん!」

庭の干し竿に、はたはたと洗いたてのシーツがはためく。
空は気持ちの良い快晴。
「あー…すっきりした」
「恭ちゃんおつかれさーん…」
「んー」
魔神のようだった気迫はどこへやら。
ぐったりと柱にもたれて腰掛けている哲平とは対照的に、その隣で恭介は縁側に寝そべり心地よさげに体を伸ばしていた。
2人の間には盆に載った麦茶。
お手伝いさんが、掃除を終える頃にそっと出しておいてくれたものだった。
「今日はよう寝れそうやわあ…」
風に揺れるシーツを、柱にもたれたままの猫背で眺めながら哲平が麦茶を手に取る。
寝そべったまま、恭介は両腕を枕にして笑った。
「あったりまえだ、俺が洗ったんだから」
「感謝してます」
「ほんとかー?」
「してるしてる…………途中めっちゃ怖かったけど」
「何か言った?」
「なんもー」
ほんま隠れ女王様やわと顔を逸らしてコップの中でごちる。
溶けかかった氷をがりごりと口の中で砕きながら哲平は「ひょうひゃん」と恭介に呼びかけた。
ごっくんと細かい氷を飲み下す。
「猫探しどないすんの?」
「あー…どうするかな。このあたりでそれらしい猫を見掛けたっていうのは聞けたから東公えふっ」
「は?…あ」
見れば、呻いた恭介の腹の上に、なーん、と可愛らしい声で鳴く小さな灰色の靴下猫が飛び乗っていた。
「あっ!この子っ!」
「よっしゃ!」
恭介の声にびくっとなった子猫を哲平がさっと胴体を捉えて捕まえる。
人に慣れている穏やかな性格の猫のようで、抱き上げられてもじたばたと暴れるようなことはなかった。
「なんやこの近くにおったんか」
「ヘルシングの匂いにつられて入って来たのかな」
「かも分からんなー」
哲平から譲り受け、特徴を確かめる。
依頼を受けて探していた猫と、容姿や様子は一致するようだった。
「これにて一件落着ー…っちゅうやっちゃな。恭ちゃん感謝しいやー。俺のシーツと部屋洗いにきてから見つかってんで?」
「よく言うよ」
得意げな哲平に子猫の頭を撫でながら恭介は笑う。
「よーし、じゃあ猫探しの依頼があるときはとりあえず哲平の部屋を掃除しに来るかな」
「へ?」
「教え諭したってどうせ洗うわけでなし」
「あの、恭ちゃん?」
「迷い猫がまたこうして見つかりに寄ってきてくれるかもしれないし?」
「あの」
「というわけで」
「おーい」
「定期的に洗いに来るから」
かたまる哲平にニッコリと、恭介は恐ろしいほどに輝く笑顔を向けたものだった。
「堪忍してやー!」
晴れ渡った空に、掃除の最中と同じく、哲平の悲痛な悲鳴が響きわたった。

おわり。
 

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