一瞬先の未来を共に

□登場、大王様!
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ちょっとしたハプニングがあったものの、無事到着した青葉城西高校の校門付近で、日向はひたすらに田中に謝っていた。

「田中先輩、せめてゲロだけでも水で洗い流しておきませんか?臭いが染み付きそうですし、帰るまでその状態だと洗濯も大変でしょうし」

「あー、まぁ確かになー……」

三重にしたビニールの中に放り込んだジャージのズボンを見て田中は言い淀む。

「俺、ちょっと青城の人に聞いてきますね!そんでOK貰えたら水で洗っとくんで、先輩達は先に体育館に入っててください!」

「おお、悪いな慶次」

じゃあ頼むわ、と田中からビニール袋を受け取った慶次は澤村にも事情を一言説明してから走って行った。

「弁野は出来た後輩だな〜」

「そうっすね。ほら日向、お前もいつまで気にすんな。それよりもう大丈夫なのか?」

「はい……途中休んだし…バス降りたら平気です」

日向の言葉に田中は「そうか!ならいいい!」と笑顔で言った。なんせ今回の試合は日向の働きにかかっているのだ。
しかしそれをそのまま伝えた田中に菅原は小声で、しかし必死の形相でプレッシャーは駄目だと伝えた。

「なんのために弁野が……ああほら、カチコチになってるし……」

また緊張が増したのか、日向はトイレに行ってきますと駆け足でその場を離れた。

「日向(アイツ)……情けねえな!!一発気合い入れて……」

「何言ってんの影山(オマエ)!?バカじゃないの!?」

そういうのは効くタイプとそうじゃないのが居るでしょう!?と、菅原は今にも日向の所に強襲しそうな影山を止めるために鞄を掴んだ。
やってみないとわからない所か、絶対に日向はそういうタイプではない。昨日から散々見ているのだから普通分かるだろう。

「田中!この単細胞押さえろ!ああもう弁野ー!こいつらなんとかしてー!」

どうしてこうウチの部員には気遣いが欠ける短絡思考バカが多いのか。今はいない後輩の存在を強く求めた菅原だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




菅原に今正に助けを呼ばれている慶次は、無事許可を貰えて体育館脇にある水道でジャージに水をぶっかけていた。
小さい頃から弟達の世話をし、家事全般をこなす慶次にとって汚れたものを洗うのに躊躇いや遠慮なんてものはない。

「うん、汚れもだいぶ落ちたし、石鹸じゃあ微妙だけど干してれば少しは臭いも落ちるかな」

捻って絞り、叩いて水気を飛ばしたジャージを掲げて慶次は満足げに頷いた。

「おーい!烏野のー。そろそろ練習試合始まるぞ……て、お前は……!」

「あ、すみません。わざわざ呼びに来てくれたんですか……ああ!」

声のした方を振り向けば、青葉城西のジャージを着た短髪の男子生徒が目を丸くして立っていた。その姿を見た慶次も目を丸くして思わず声を上げた。

「白鳥中の……!」

「北川第一の……!」

お互いがお互いに面識があった。それは2年以上も昔の事。しかし、そのたった一回の出来事でも相手の事はとてもよく覚えていた。

「岩泉一さん……ですよね。ウイングスパイカーの」

「ああ。お前は白鳥中のセッターだった一年……だよな」

「覚えててくれたんですか。はい、弁野慶次と言います。はじめまして」

一度貴方と話してみたかったので、会えて嬉しいです。と慶次は笑顔で言った。

「セッターの及川徹さんとスパイカーの岩泉さんの連携は、とても素晴らしかった。まさに阿吽の呼吸。あんなにもお互いを信用していて、迷いのない攻撃は今まで見た事ありませんでした」

名コンビとも言える二人に感動すると同時に恐怖も覚えたものだ。あの試合は若がいるとはいえ白熱した試合だったのを覚えている。

「岩泉さんのスパイクは力強くて、目の前の壁を切り開くまさにエーススパイカー。若以外で初めてその言葉がぴったりな人を見ましたよ」

褒めちぎる慶次の言葉を聞きながらも岩泉の表情は変わらなかった。変わらずに眉根を寄せ、険しい顔をしていた。

「そりゃどうも。過去を今更どう言うつもりもないが……嫌味だな」

「なぜですか?俺はただ、本当にすごいと思ってて……」

「だからだよ」

苦い顔のまま、岩泉は内心で呟いた。影山(後輩)のようだ、と。及川(アイツ)が嫌いそうなタイプだ。

「そんな俺も、アイツも、チームみんなも、お前らには敵わなかった」

あの試合の後、誰とも知れない誰かが囁き始め定着した呼び名……"ウシワカ"と"ベンケイ"。
自分たちとは比べ物にならない信頼関係。お互いを絶対の存在として見て、そうあることが当然であると見せつけられた。自分たちの関係を阿吽の呼吸と呼ぶならば、彼らの関係はそう……

「まるでお互いの考えてることが分かるみたいな……"以心伝心"……そんな感じだった。お前のトスは完璧だった」

それはスパイカーの岩泉から見てもわかる程だったのだ。同じセッターであるアイツが感じたものはどれほどだろうか。あの時の及川の表情を思い出し、岩泉は舌打ちを打った。

「まぁ俺はセッターじゃねぇからな。どれくらい凄いのかは知らん。及川なら分かるんだろうが…聞く気はねぇな」

「あはは……」

別に自慢する気も解説を入れる気もないため曖昧に笑って誤摩化す慶次。そんな慶次を見て、岩泉は一歩踏み出した。

「だから今、俺は混乱してる」

「 ? 」

ぐいっと、自分の後輩にはいない自分より小さい慶次の胸ぐらを掴み上げて睨んだ。その目は慶次を……慶次が着ている真っ黒いジャージを見ていた。

「なんでお前が烏野(そこ)にいる!」

「おーい岩泉ー!早く来いって監督が………なにやってんだよ」

そんな状況の中呑気に間延びする声が聞こえたと思ったら、癖の強い黒髪垂れ下がった眉と目を持つ男子生徒がひょこりと顔を覗かせた。

「恐喝?」

「違う!」

目を丸くし固まっている1年生と、その胸ぐらを掴み凶悪な顔をしている岩泉。誰が見てもそう疑いたくなる光景だった。

「まぁいいや。呼びに行ったはずのお前まで戻らないから、俺がさらに呼びに来たんだけど?」

「あ……そうだった。悪い、松川」

「す、すみません!他校の先輩にご迷惑をおかけして」

はっとした表情で岩泉が慶次を離す。慶次も頭を下げて謝った。

「いやー。むしろ1年君には謝っとかないと。ウチのこわーい部員が脅してごめんね」

「だから違うっつってんだろ松川」

「はい、別に脅されてたわけじゃ……」

「そう?んじゃさっさと戻ろう。もう烏野の人達も集まってるし。俺たちも準備整ってるよ」

元からそこまで気にしていなかったのか、あっさりと踵を返す松川に続き岩泉、慶次も体育館に戻る為に歩き出す。

「そういやアイツは?」

「さぁ?監督が言うには試合が終わる前には戻ってくるんじゃないかって」

「そうか……」

松川の答えに難しい表情をする岩泉。いつもなら気にしないのに、こんな表情をするなんて珍しいな。と思った松川は後ろの慶次をちらりと見た。

「あの烏野の1年に関係すること?てゆうか知り合いなの?」

「………………中学の時、少しな。俺は別にそこまで気にしちゃいないが……アイツが戻ってくるなら、面倒な事になるだろうと思っただけだ」

それ以上は話そうとせず、ずんずんと二人をおいて先に戻ってしまった岩泉。ふーん、とどうでもよさそうにそれ以上追求はせずにそのままついていく松川。
ただ慶次だけが、なんとも言えない表情で溜め息をついた。






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