一瞬先の未来を共に

□前途多難
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前途多難



自宅に帰るため電車に乗りながら思うのは、ちょうど部活も終わり片付けに入っていた時のこと。

「(勝負して勝ったらいれてほしい、か……)」

窓ガラスに映る慶次の顔はどことなく浮かない様子だった。

日向と影山の申し出から、次の土曜の午前に他に入部する1年と3対3で練習試合をすることになったのだ。戦えること……自分の実力を認めてもらうためとはいえ、負けたら自分のポジションであるセッターをやらせもらえないとは中々リスクのある条件を飲んだものだ。

「(それが自分個人の力だけに頼るというのならきっと負けるだろう。中学3年で負けた時から成長していないんだから。その程度でさらに上の相手と試合に挑める程バレーは優しいものじゃないんだよ)」

なにより、チームの司令塔とも言われるセッターが個人プレーなど言語道断だ。影山のことは知らないが、あの物言いや態度は気に入らなかった。

「(セッターは相手チームの動きやブロックの位置、スパイカーの事なども気にかけながらその状況に合ったトスを上げなければならない、チームの得点に繋げる大事な役目だ。だけどその点を取る事…攻撃の主導権はスパイカーにある。セッターは主導者の望むトスに全力で応える存在であり、スパイカーに尽くせないセッターなんて必要ない)」

それはセッターであった自分の使命とも思っている事だった。それを理解していない影山は見ていてモヤモヤした。
もうセッターでない自分があれこれ言うのもどうかと思うし、こればかりは本人が自覚しなければならないことなので余計な口出しは無用だろう。

「だいたいセッター(俺)のトスに合わせろ!なんて無茶ぶりかますセッターってどんだけだよ。日向、あんなのについていけるのかな……」

まあ何はともあれ練習次第だろう。明日の朝練の前に顔を出して様子でも見るか、と慶次は思った。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





朝練は7時からだが、解散間際の田中の様子や言動が少しおかしいと気づいた慶次は、自分の中の予想が当たっているのか確かめるために早めに体育館に来た。

本来ならまだ開いていない筈の第二体育館には明かりが灯り、中から人の足音と声が聞こえる。
ビンゴ、と静かな早朝の空気に溶けるような小さな声を上げてシューズを履き替えた慶次は体育館のドアを開けた。

『こら!なにやってるお前ら!』

「「っっっ〜〜〜〜〜〜!!??」」

「「ぎゃーーーーー!!大地(さん)に見つかったーーー!!」」

ボールを持ったまま固まる日向と影山に、悲鳴を上げて顔を真っ青にさせた田中と菅原。

「すんません大地さんーーーーって、慶次!?」

「えっ?」

振り返った田中がドアの方を見れば、そこには澤村ではなく慶次が立っている。
菅原も混乱したように目を瞬かせる中、慶次だけおかしそうに笑う。

「大地先輩はいませんよ」

「え?でも確かに大地の声が……」

体育館の中に入った慶次は、田中と菅原の前に来ると咳払いをして声を整え、そして口を開いた。

『俺の声がしたからってあんなに悲鳴を上げるなんてどうしたんだ二人とも』

「「「「 !!?? 」」」」

喋っているのは確かに慶次なのに、その声は誰が聞いてもバレー部のキャプテンである澤村大地の声だった。4人が目を丸くしてびっくりしている中、その表情がおもしろかったのか慶次がケラケラと笑い出した。

「俺の特技その1、声マネ。どうですか?そっくりでしょう?」

「驚いた……3年ずっといた俺でも本人と思うくらいそっくりだったよ」

感心したようにそう言った菅原に慶次は嬉しそうにお礼を言った。この特技(悪戯)は自分でも気に入っているのだ。

「すっげーな!でもビビらせんなよ、マジで終ったと思ったぜ」

田中もあまりの上手さに褒めたが、次の瞬間には慶次の頭にチョップを入れた。無断で体育館を開けて練習しているので、バレたらそれこそ先程の怒鳴り声とは比べ物にならないお叱りが待ち受けているからだ。

「それにしても弁野、朝練は7時からなのに随分早く来たね」

「ああ、昨日の田中先輩の様子がおかしかったんで、もしかしたらと思って」

ちらり、と日向と影山の方に目をやれば、日向はバツが悪いように目を逸らしたが、影山は逆に睨んできた。

「弁野頼む!このことは黙っててくれ!」

「別に言ったりしないよ。土曜に試合するのにコートもネットもない場所だけで練習してても勝ち目ないしね」

あっさりとそう言った慶次に日向はありがとうと喜んだ。

「でもそろそろ他の人たちも来そうだから、日向たちは別の場所に移動した方がいいよ」

「そうだな。じゃあ今日はここまでにしとくべ」

菅原の言葉に頷いて日向と影山は残念そうにしながらもボールを片付けて体育館から出て行こうとする。それを呼びためたのは慶次で、二人は不思議そうな顔で振り向いた。

「朝早くから学校来て、朝飯とか食ってないだろ?この時間じゃ店も開いてないだろうし、これ食べなよ」

そう言って二人に渡したのはアルミホイルに包んだおにぎりと少しばかりのおかず。ぱあっと顔を輝かせたのは日向で、影山も驚いたように目を丸くさせた。

「影山には悪いけど、俺もキャプテンと同意見だ。でも土曜の試合で君たちが良い方に変わってるのを期待してるから、練習頑張って」

「ありがとな弁野!おれ、お前ともバレーしたいから絶対バレー部に入る!」

「負ける気はない」

そう言って差し入れのお礼を言って二人は足早に体育館から離れて行った。

「優しいな、弁野は」

「そうでもないですよ。だって俺、二人のこと庇っても部活に入れるようキャプテンに頼んでもないですし。練習に付き合う気も、今はないです」

ぽん、と頭を優しく叩いてきた菅原に慶次は首を振ってそう答えた。

「別にお前まで関わることないだろ。これはあいつらの問題なんだからな。ま、俺らは先輩だから面倒見てやるけど」

田中の言葉に慶次は苦笑する。そしてあっと声を上げると壁際に置いておいた鞄から先程と同じようなアルミホイルの包みを取り出した。

「田中先輩の分も作ってきたんで、どうぞ。そっちは量多めなんで、菅原先輩も良かったら食べてください。朝からお疲れさまです」

あったかい飲み物もありますよ、と魔法瓶も取り出してみせた慶次に田中は感極まったように抱きついた。

「慶次ーー!お前はほんっとうにいい後輩だなぁぁぁぁぁ」

「ありがとな、弁野。朝からこんなに作って大変だったろ?」

「このくらい大した事ないですよ。弁当にいれたあまりもんとか適当に作ったものの有り合わせなんで、逆にすんません」

準備はやっとくんで気にせず朝練始まる前に食べてください、と言った慶次に甘えて二人はさっそく包みを開く。

「おお、軽く弁当一人分くらいの量あるな」

「うまそー」

おかずも食べやすく胃に重くないものに注意しているので、これなら食べて朝練に参加しても気分悪くならずにすみそうだ。

「うまっ!この卵焼めっちゃ美味いっすよスガさん!」

「ホントだべ。これ弁野が作って来たんだろ?すごいな」

後輩の意外な特技を朝から2つも知ってしまった田中と菅原は、7時になって澤村が来る頃には昨日よりもさらに仲の良い様子を見せていた。

「なんだ、お前ら早いな。しかもなんだか仲良くなってるみたいだし」

「おはようございまっす、大地先輩!」

「大地さん聞いて下さいよ!慶次が……」

「田中、嬉しいのは分かるけどそれ以上言うと絶対ボロが出るから止めとけ」

朝から元気に挨拶して駆け寄って来た慶次に、澤村も笑顔で挨拶を返す。
その後もぞろぞろと部員が集まり、賑やかになってきた所で主将である澤村が号令と指示を飛ばす。

「よっしゃ!レシーブ練一緒にするか、慶次!」

「はいっ!」

朝から元気な声が体育館内に響いた。






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