一瞬先の未来を共に
□期待と不安が半分で
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菅原さんに話があるから先に行く、と一人先に走っていった影山を慶次は笑みを浮かべて見送った。
話の内容はだいたい予想がつく。まだそれほど付き合いは長くないが、それでも影山飛雄の性格や思考が理解できていた。
「それにしても青城かぁー」
「今度の練習試合の相手校のこと、やっぱり慶次も知ってるのか?」
「そりゃあもちろん。むしろ日向が知らないのに驚きだよ。青城は毎年…というかあの人が入ってから白鳥沢と戦うくらいの実力もったチームだからね」
慶次が話す内容に、へぇーと感心したような理解できていないような声を上げるのは日向だった。
「弁野は青城に詳しいのか?」
「敵校の情報を集めて分析するのは慣れてるし、得意分野ですから。相手校によってはポジションの位置や選手の得意不得意考えて編成しなきゃいけない場合もありますし」
「それってコーチとか監督とかがやる仕事じゃないのか?」
ちょっと信じられないような目で見る田中や月島に慶次は「もちろんコーチ達とも話し合いますよ?」と答えた。
「確かにコーチや監督も僕らのことを正確に理解してる。でも、同じ仲間同士である自分たちのほうがお互いのことにもっと詳しいと思うんだ。体調とか癖とか能力とか…まぁ、これは俺が昔チームメイトに言われて普通の奴はそこまで見てないって言われたけど」
「だろうね。僕ならそこまで他人に興味持たないからどうでもいいとか思うだろうし」
「月島はもっとチームとしての自覚持てよ!」
面倒は嫌い、と肩を竦める月島に日向が吠えるが月島は鼻で笑う。口喧嘩になりそうなのを主将の澤村が笑顔で諌め、慶次は話を続ける。
「まぁ俺個人の趣味みたいなものだし、特別目を向けた選手しかリサーチしないけど、それくらいはするよって話……」
「いや、それは大いに助かる。今の部に正式なコーチはいないし、武田先生もバレーをあまり知らないから詳しくは調べられないだろうから。部員にそこまでできる奴が一人でもいるとありがたいし、すごいことだよ」
頼もしいな、と澤村が慶次の頭を撫でれば、弁野は照れたようにしながらも嬉しそうにはにかんだ。
「部に貢献できるなら俺も嬉しいです。青城なら中学の時から調べてるので、いろいろ情報ありますよ!さすがに今年入った一年のデータはないですけど」
「じゃあ次の練習試合のこと、ポジションとかチーム編成について弁野の意見も聞きたい」
「俺でよければよろこんで!」
じゃあ坂ノ下商店で話し合うか。と言った澤村は、ついでに肉まんおごってやる、と笑みを浮かべた。
「ひゃっほー!キャプテンあざーす!」
「マジっすか大地さん!あ、スガさ〜ん、大地さんが肉まんオゴってくれるって……」
一気にテンションが上がった二人が前方にいた菅原に声をかけながら駆け寄って行く。
「大地先輩、練習試合のこと話し合うなら影山も加えたらどうですか?」
「ああ。影山を指名されたんなら、日向の速攻も試してみたいからな。日向のポジションをどうするかも話し合わないと」
ウイングスパイカーかミドルブロッカーか。このどちらかだろうなと考えた慶次は、騒いでいる面々に苦笑しながら近づいた。
「日向、全部食うなよー。俺にもちょうだい」
「おう!」
まぁでも、このチームならうまいことやっていけそうだ。と揃いの黒いジャージを着るみんなを見て慶次は微笑んだ。
「うん、うまい!」
その日食べた肉まんは、今までで一番美味しく感じられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
主将・副主将の澤村と菅原、慶次と影山を加えた4人での話し合いも終了し、自宅に帰ってきた慶次は玄関のドアを開けた途端元気な声で名前を呼ばれた。
「兄ちゃん!おかえり!」
「ただいま、光。でも危ないからいきなり飛びついてくるのはやめような」
ちゃんと抱きとめながらも苦笑を浮かべて光の頭を軽く叩けば、光も「はーい」と素直に返事した。
「おかえり。遅かったな」
玄関に現れた幼馴染みの姿に一瞬驚きに目を丸くした慶次だったが、すぐにいつものことだと笑みを浮かべて「ただいま」とあいさつした。
「ちょっと次の練習試合のことで会議みたいなものをね。ごめんね若、すぐに夕飯の支度するから」
「それなら信継とやっておいたから大丈夫だ」
荷物を置きに部屋に戻ろうとした慶次は「えっ!?」と先程よりも驚いて牛島の方を振り向いた。
「献立とレシピが冷蔵庫に張ってあったから、たまには自分たちで作ろうと信継が言い出してな。……ここ最近大変だったのを、あいつも理解しているんだ。お疲れさま、ということだろう」
決して口にはしないだろうがな。と牛島は言うが、それでも弟がそう思ってくれている事に慶次は感動した。
「信が……」
「兄ちゃん!おれも!おれも手伝ったよ」
「そうだな。光もよくがんばっていた。……お疲れさま、慶次」
くしゃくしゃと頭を撫でられ慶次はとうとう我慢できずに涙ぐんだ。
味わって食べよう。そして美味しいって伝えよう。ありがとうと言おうと慶次は誓った。
部屋に戻った慶次は滲んだ涙と赤い顔を落ち着けるまでにちょっと時間がかかったが、それでも家族と幼馴染は笑顔で待っていてくれた。
「それで、今日の試合はどうだったんだ?」
「もちろんかったんだよね?兄ちゃん」
「おう、もちろん。それでさ、その試合中に日向がさー……」
食後の運動ということで庭に設置されているバレーコートの中、ライトで明るく照らされている3人はボールを交互に打ち上げながら今日の事を話していた。
「ねぇ、喋りながらやるなら僕止めたいんだけど」
やるならちゃんとやりたい、と眉間にシワを寄せる信継の言葉に弁野は悪いとボールを掴んだ。
それから弁野がトスを上げ、牛島がスパイクを上げて兄弟2人がそれをレシーブするといういつもの練習光景に戻る。
両親が帰ってきて練習を終了すれば、ふとボールを抱えたまま光が慶次を見上げた。
「あ、そういえば兄ちゃんの次の相手ってだれ?」
「ああ、青城だよ。セッターの及川さんがいる所」
あの人(あいつ)か……と知っている全員がそれぞれ反応した。
「あの人とまた戦えるなんて、楽しみだよ」
「あいつはまさかお前が別の高校にいるなんて思いもよらないだろうな」
それに、リベロとしてチームにいる姿を見たら……と慶次は予想しただけでおかしくなりクスクスと笑う。
「笑い事じゃないよ」
ピシリ、と笑う慶次を信継は睨め付けた。慶次を見下ろす信継の瞳は凍てつくように冷たいのに、怒りの炎で揺れていた。
「僕はまだ納得してないから。許してもいない。兄さんがリベロであることに」
「ノブ兄……」
悲しそうに見つめる光からボールを奪うと籠に投げ入れてそのまま振り返ることなく部屋に戻ってしまった。
空気の悪くなった空間に、慶次の溜め息が溢れた。
「信継のことは仕方ないだろ。……かく言う俺も、未だ完全に納得したわけじゃないしな」
「……若までそういうこと言うの?俺の味方は光だけかぁー」
「ぁ……えっと……」
わざとらしく泣きまねをにて光を抱きしめる慶次に光は困惑したように牛島を見つめた。
「お前がリベロになると言い出さなければ信継もあれほど荒れることもなかっただろう。……お前が烏野に行くと言わなければ、俺と敵になることにもならなかった」
俺は、容赦はしないぞ。スッと目を眇めて慶次を見つめる牛島に、慶次もまたその目をまっすぐに見つめ返した。
"戦うなら、全力でやるだけです"
ふと、部活後の帰り道で影山が菅原にそう言っていたのを思い出した。
「(ああ、そうだな影山。俺も同じ意見だ)……俺だって、若と戦う覚悟もなしに別の高校に行ったわけじゃない。言っただろ、IHで若を倒すって」
その言葉に、その思いに、その決意に嘘偽りもない。本当で本気の覚悟だ。
「俺だって、戦うなら全力でやるよ。負けない」
あの人にだって、幼馴染にだって。そう慶次は言い切った。
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