思い出のファイル

□お菓子をくれないと………
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あれから暫くたち、琴音が作ってきたカボチャのクッキーやパンプキンパイなどのお菓子を食べながらハロウィンパーティを楽しんでいるメンバーは、チリンと鳴ったベルの音にそちらを向いた。

「おーっす、ナル坊たち。もう始めてるぜ」

帰ってきたナルとジーンの姿に、ぼーさんは片手をあげながらそう声をかけた。
ジーンはこんにちは、とにこやかに挨拶をしたが、ナルはいつにも増して冷ややかな目を向けているので、あれ?と嫌な予感を感じた。

「…………これは、いったい何だ」
「何って、見ての通りハロウィンパーティだけど……」

眼差し同様冷ややかな声音にぼーさんは一応答えるが、その声は徐々に小さくなる。

「琴音、これはお前の仕業か」
「うん、ぼーさんたちも呼んだの。あ、ちゃんとナルとジーンの分もあるからね」

そんなナルに臆することなく、笑顔で返した琴音は本当に凄いと思う。
ぼーさんや麻衣までもがおそるおそるナルを見つめる中、平気でそんなことを言える琴音。

「僕が聞きたいのはそんなことじゃない」
「じゃあなーに?」

へらりと笑いながら惚ける琴音に、ナルの目はいっそう冷ややかになる。(心なしか室内の気温も下がったきがする)

「誰に、いつ、そんなことをしていいと許可を得た」
「んー?そういえば、ナルには言ってなかったかも」

琴音のまさかの爆弾発言に、回りは「言ってなかったのーー!!??」と声には出さずに絶叫した。

「僕には?」
「そう。でもジーンとリンさんには話してちゃんと許可はもらってるよ」

にっこり答えた琴音に、ナルは隣に立つ双子の兄・ジーンを見つめた。その目には「いったいどういうことだ」と苛立ちが籠められていた。
それにジーンは無言でにこりと笑い、リンも事前に頷いてると告げ琴音の言葉に肯定した。
その態度にイラッとしたものの、視線を琴音に戻して話を続ける。

「……僕に何も言わずに勝手にしたのか、お前は」
「だって言ったって絶対に却下するでしょ?なら私だって強行手段に出るまでだもん!」

つまり皆でやっちゃえばやめろなんていう文句は言われないと。琴音が考えそうなことといえばそうだが、何とも滅茶苦茶のごり押しにぼーさんは頭が痛くなった。

「(めっちゃ巻き込まれてるんですけど……!)」

共犯扱いされたのか、俺たちは。と頭を抱え項垂れるぼーさんに声をかけるものはいない。
彼らは知らされた事実より、睨むナルに笑顔の琴音という正反対の表情をした二人の無言の攻防を見守ることしかなかった。

暫く睨み合い……否、見つめ合いが続いたかと思うと、琴音が立ち上がってナルに近づいた。

「今さら止めろとか出ていけとか言わないで。お願い、みんなでハロウィンパーティをやらせて」

頼み込む琴音にナルは無言だが、その内心はぐらついているんじゃないかとぼーさんは冷静に考えた。

「(なんたって、今の琴音のあの格好じゃあなー)」

これはいけるんじゃないだろうか、とぼーさんは思った。今の琴音を拒絶できる奴がいるなら見てみたい。
俺なら無理だな、と真面目な顔して言える。とぼーさんは内心そう呟く。

「ナル、琴音の頼みを断るのかい?」

ここで口を挟んだのはジーンで、にこにこと笑っている顔はナルの心情を理解しているのか思いっきり楽しんでいるようだった。
ますます苦虫を噛み潰したかのような顔をするナルに、琴音はもうひと押しだと言わんばかりに最後の手を打つ。

「ナル!Trick or treat !」
「は?」

だがあまりにも脈絡のない台詞にナルは状況を忘れて間抜けな声を出した。
だが琴音はニヤリと笑ったまま両手を引かない。

「お菓子をくれないならいたずらの代わりにパーティを続けさせて」

そう言い放った琴音にナルは事態を理解するとキッと目を鋭くさせた。

「僕がお菓子なんか持ち歩くわけないだろう」
「うん、知ってる。だからいいでしょ?てかけってーい!」

今回は珍しいことに琴音が一枚上手だったらしい。反論もできずに溜め息をつくナルに、琴音はやったー!と上機嫌に両手を上げる。

「いいじゃないか、琴音のあんな可愛い格好を見られるんだから」
「ジーン、お前な……」

共犯者であるジーンを非難するような目で見るも、ジーンは華麗にそれを無視すると麻衣の元に行ってしまった。

「麻衣、その格好すごく似合ってるよ。可愛い魔女さんだね」
「そ、そうかな。なんか照れるんだけど……」

惜しげもくベタ褒めするジーンに、麻衣は頬を赤らめてスカートの裾を弄る。
なんとも初々しいカップルの二人に回りは自然と視線を逸らす。てか見てられない。雰囲気が甘すぎでお菓子を食べた時以上に胸焼けを感じる。

「琴音のその格好は、化け猫か?」
「そう!猫娘にちなんでね。どう?似合うかな?」

普段の笑みとは違う、ちょっと照れたような伺うような表情をする琴音に、ナルは一瞬ドキリとした。

「似合ってる、んじゃないか?………………可愛い」

目を逸らすナルの、ぼそりと小さく付け加えた言葉に琴音は少し驚いたように目を丸くする。
だが次の瞬間にはまるで花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、ナル」

琴音の笑顔をチラリと見たナルはまた目を逸らしてしまう。だが黒髪の間から覗く耳が赤く染まっていることから、照れているのは一目瞭然だった。

「琴音の仮装があまりにも可愛すぎて目視できないってか?ナル坊」

そんなナルをからかうようにニヤニヤと笑うぼーさんがナルの肩に手をやる。
それを心底鬱陶しそうと全面に出したナルは絡んでくるぼーさんを見て、さらに顔をしかめた。

「貴方方までなんて格好をしてるんですか」
「それはアンタの所のバイト兼彼女に言ってくれない?」

いい年した大人が何しているんだ、と言外に滲ませたナルの言葉にぼーさんと綾子はうっと呻いたが、すぐにそう反論した。

「二人とも似合ってるでしょ?皆のぶんも買ったんだー」

にこにこ笑顔の琴音は一人ひとりの仮装が何なの説明していく。

綾子は派手な衣装を身に付けたサキュバスという悪魔の仮装
ぼーさんはマントに牙をつけたドラキュラの仮装
真砂子は琴音と同じく化け猫の仮装(色は白だが)
ジョンは頭にゆるく包帯を巻いてミイラ男の仮装

どこか恥ずかしそうにしながらもノリのいい彼らにナルは溜め息をついた。
大方琴音の頼みを断れなかったのだろうな、と思いながら。

「でね、ナルとジーンの分もあるんだよ!」
「は?」

またもや突拍子もない琴音の言葉にナルは反応が遅れ、琴音が取り出したソレにピシリと固まった。

「じゃーん、ナルは狼男の仮装だよ。ちなみにジーンとお揃いなの」

琴音が頭につけているものと似た犬の耳とふさりとした尻尾を、琴音ははい!と差し出した。
ひくりと頬を引き攣らせるナルだが、琴音の期待に満ちた目から視線を逸らすことができない。

「い、いや、僕たちは……」
「わー!いいね、僕も仮装やりたい」

断ろうとしたナルだが、その前にジーンが手に取ってしまったことから最後まで言えなくなった。
退路を絶たれた、とナルが焦りを感じると同時に、その最後の後退までも防ぐように琴音が顔を近づける。

「ナル、やっぱりイヤ?ダメ、かな……?」
「ぅ゛…………」

うるりと瞳を潤ませた琴音の悲しそうな顔に、直視してしまったナルはたじろいだ。
動かないはずなのに、シュンと垂れているように見える猫耳にナルはついに折れた。

「………………………………わかった」

惚気でもなんでもいい、好意を抱く相手のお願いを断れるわけがない、と琴音の嬉しそうな笑みにナルは仕方ないなというように表情を緩ませた。





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