思い出のファイル

□お菓子をくれないと………
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今日は10月31日。いわゆるハロウィンと呼ばれる日である。ハロウィンは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事だが、カボチャをくり貫いて蝋燭を灯したジャック・オー・ランタンを飾ったり、魔女やお化けに仮装した子供たちが近くの家を回ってお菓子をねだりに来る日…というのが印象深いかもしれない。

さてさて、そんな楽しそうな行事を見逃す筈もなく、一人の少女は行動に移した。

ここ渋谷サイキック・リサーチ…通称SPRのオフィスでは、机の上や壁にハロウィンの置き物や飾りが飾られて殺風景なこのオフィス内で異様な存在感を放っていた。
そして珍しく時間が合ったのか、調査でもお馴染みの面子はこの様相を見て驚くと同時にまたか、と中にいる少女を見て内心呟いた。

「いやー、やるだろうなぁとは思っていたが……」
「期待を裏切らないわよね、アンタって」

どこか呆れたような目をしているのはぼーさんと綾子。オフィスのドアにジャック・オー・ランタンを模したプレートがかかっていた時点で大よその検討はついていたが、実際に目にすると「ああ、やっぱりか」と思うのと同時にそれをどこか微笑ましいと思ってしまう分にはこの少女の行動に慣れてきたということだろうか。

「いらしゃーい!ぼーさんに綾子、真砂子にジョンも!」

4人を笑顔で迎え入れたのは主犯である目の前の少女…鈴宮琴音だった。
そんな琴音の格好はハロウィンの仮装なのか、フリルのついた真っ黒のワンピースに同色の猫耳と尻尾をつけた姿だった。

「まあ!とっても可愛らしいですわ!」
「はい。よく似合っとります」

琴音を目にして真っ先に声を上げたのは真砂子で、可愛いと言いながら目をキラキラと輝かせていた。その隣のジョンもにこにこと微笑んで褒めている。
二人の反応に少し照れ臭そうにしながらも琴音はその場でくるりと回った。

「えへへっ、ありがとう。これね、麻衣と一緒に買いに行ったんだ〜」

ねー、と笑顔で振り返った先にいた麻衣も頷き、どうかなと自身の仮装を見せた。

「麻衣は魔女か。二人とも似合ってるぞ」

琴音と似たデザインの服にとんがり帽子を被ったその姿は正しく一般的に有名な魔女の姿で、ぼーさんはそれをしげしげと見つめた後笑顔でそう言った。

「思いっきりハロウィンを楽しんでるわね」
「もっちろん!だってハロウィンってお菓子を貰える日なんでしょ?そんなステキな日を楽しまないわけないじゃん!」

うん、間違ってはいないのだが。相変わらずお菓子とかそういう甘いものが大好きだなぁ、と綾子の溜め息を聞きながら苦笑いするぼーさんだった。

「ぼーさん、Trick or treat !」
「はいはい、どーぞ猫娘ちゃんや」

ハロウィンの合言葉ともいえる言葉を唱えた琴音は期待に満ちた顔をしながら両手を差し出した。
そんな琴音にぼーさんはハロウィン仕様のラッピングで包まれたお菓子の詰め合わせを渡した。

「わーい、やったー!ありがとうぼーさん!」

お菓子をもらえて上機嫌な琴音はその格好も相まって普段よりさらに可愛らしい。カチューシャの猫耳までも機嫌よく動いているような錯覚が見えた気がした。
それくらい全身で喜びを表す琴音にぼーさんはだらしなく頬を緩ませた。

「いたずらされんのも面白そうだけどなー」
「ちょっと、顔が気持ち悪いわよ」

ぼーさんの発言と表情に綾子がまるでゴミでも見るような目でぼーさんを見た。それに慌てて誤解だと弁解しようにも既に遅かった。

「最低ですわ、滝川さん。あたくしの琴音に近づかないでくださいませ」

軽蔑の眼差しでぼーさんを睨む真砂子の雰囲気は冷ややかだ。さらにジョンまでもがいつもの柔和な笑みを消してぼーさんを非難するように睨んでいた。

「いや、違うって!琴音ならどんないたずらをするのかなって思っただけだって!」
「でしたらあたくしが"いたずら"をしてさしあげましょうか?」

必死に弁解するぼーさんだが、真砂子のにっこりと笑った顔(しかし目が全く笑っていない)に恐怖を感じた。
だらだらと冷や汗を流しながら青ざめるぼーさんには、もはや打開策など考える余裕もなかった。

「("いたずら"ってーか、カンペキに制裁と言う名の暴力が俺を襲う!)」

今の真砂子ならぼーさんの一人や二人殺る……ゴホン、こらしめるのなど容易いだろう。目がマジだ。
そんな一部が修羅と化した緊迫した雰囲気の中、話題の中心人物の琴音が何も知らぬままひょこりと現れた。

「どうかしたの?」
「ふふ、なんでもありませんわ、琴音。ちょっと目の前の不届き者を成敗するだけですから」

さらっと恐ろしいことを言う真砂子に、不穏な影など全く気づかない琴音はただ不思議そうに真砂子を見て、次いでぼーさんを振り返った。

「真砂子に何かしたの?ぼーさん」
「ないないなにもない!けど、なんつーか……地雷を踏む所か蹴り飛ばしたみたいな……」

"真砂子に"何もしていないぼーさんは頭を大きく左右に振って否定するが、他の事でないとは言い切れないため後半は何とも歯切れ悪くそう言うしかなかった。
乾いた笑みを漏らすぼーさんに、ちっとも意味がわからない琴音は頭に疑問符を出して首を傾げるが、別のことを思い出すとぼーさんに包みをひとつ渡した。

「はい、ぼーさん。ハロウィンのお菓子。さっきのお返しだよ」
「お、おう。ありがとな」

渡されるまま受け取ったぼーさんだが、さっきとはまた違う怒りの視線を受けて泣きたくなった。

「真砂子たちの分もあるから、向こうでみんなで食べよう」
「嬉しいですわ、琴音。あたくしも琴音のためにお菓子を買ってきましたの、是非食べてくださいな」

琴音の笑顔に、さっきまで般若も顔負けの形相で睨んでいたのが嘘のようにコロリと期限を直した真砂子は嬉しそうに琴音についていった。

「(た、助かった……っ!)」

後には、心の底から安堵したぼーさんだけが残されたという。





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