思い出のファイル

□宣戦布告?
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「…………たぶん、好き……だと、思う」

長い間躊躇った後、ナルは途切れ途切れにそう返した。

「僕にもまだはっきりとはわからないんだ。何しろ今まで他人に好意を寄せたことなんてないからな」

本国のSPRにいた時は研究者として心霊現象の研究と解明に勤しんでいた。

「ジーンにもよく学者バカだと言われていましたね」

「それ対してあいつは僕よりも友好関係が広かったな」

ナルがほんの少しだけ、本当にわかるかわからないかぐらいに表情に影を落とした。

「だからか、僕にはそういった情感の機敏がよくわからない」

あの時感じた想いが世に言う『恋』なのかどうかすらわからない。

「ただ……ただ、あの時琴音の過去の映像を見たら……不安だった」

見つけた時、炎に包まれる琴音を見て、その色が黒ではなく赤にも関わらずひどく恐怖した。
怖かったのだ。あのまま琴音が炎に包まれて消えてしまうんじゃないかと、また自分は何もできずに見ていることしかできないのではと、そのことだけが頭を占めていた。

だから、いなくならないように、消えてしまわないように抱きしめた。離さないように。

「琴音の存在を確かめて、ああ、ちゃんとここにいるんだと……安心した」

あの時感じた琴音のぬくもりを思い出したのか、ナルの表情はとても穏やかだった。
ナルのそんな表情を見て、リンは驚いたように目を丸くさせた。

「最初は、ただのバイトで、陰陽師で、役に立つ奴で……そう、思っていただけなのにな」

大して気にしていなかった。麻衣のように煩く付き纏ってきたりしないから。いつも楽しそうに微笑んでそこにいた。

「でも、少しずつ琴音のことを知っていって……」

本人がまだ話せないという、琴音の過去。今だ琴音を苦しめ、苛める過去。
その一端を知れば知るほど、意識は琴音の方へと引かれていった。

何が琴音を苦しめている?
何が琴音を悲しませている?
なぜそんなにも泣きそうな表情をするんだ?

心が揺らいで、琴音が痛そうな顔をしていれば同じように心が痛んだし、悲しそうな顔をしていれば同じように悲しいと思った。

「気づいたら琴音から目が離せなくなっていた。他にも、琴音は少し抜けた所があるし、目を離すとすぐにどこかにいったり何かしでかしたりするから余計に気になっていたな」

「そうですね。琴音は本当に猫みたいです。甘えるようにすり寄ってくるのに、気づいたらふらりと消えていて…自由気ままというか」

リンも同意するかのように言った。
ふらふらとこっちの気も知らないでどこかに行って。でも、猫は必ず帰ってくる。自分の居るべき場所に。そしてまた甘えるように寄ってくるのだ。

「ただ、ひとつ言えるのは琴音が大切だということだ」

「大切?」

「ああ。琴音の笑顔を見ればこっちまで穏やかになるし、心が軽くなる。それに琴音の傍は居心地がいい。……失いたくない存在、だな」

ポソリと呟くナルにリンも「そうですね」と返した。

「私も琴音の笑顔を見ると少しだけ疲れがとれた気がします」

リンも穏やかな表情をしてそう言った。

「私も琴音が大切です。何ていうか守ってあげたくなる存在ですかね?」

「ああ、それはわかるな」

妙な所で意見が一致した2人。琴音の話をする彼らの顔は、いつもの無表情や不機嫌そうな表情ではなく穏やかでどこか優しい。

「ナルの琴音に対する気持ち、次聞くときはちゃんとした答えをくださいね」

「 ? 何故だ?」

キョトンとした目で見てくるナルにリンは先程とは違う笑みを浮かべた。

「言ったでしょう?私も琴音が大切です。私はもうその想いを決めていますが、貴方はまだです。
貴方が琴音に抱く想い……その答えがどちらにしろ、私は貴方に言いたいことがあります」

「どういう、意味だ」

意味深な言葉を告げるリンにナルは眉根を寄せる。

「ただ琴音が大切なだけなのか。親愛か、それとも恋愛か……──」

リンはそこで言葉を切って立ち上がった。

「……お前の琴音に抱く想いは何だ?」

「それはまだ言いません。ですがこの想いが変わることはおそらくないでしょう」

ナルも席を立ち、リンを見上げた。

「僕はリンの想いがどうであれ、僕は琴音を渡す気はないな」

鋭い瞳を向けながらそう言ったナルにリンも受けてたつようにナルを見た。

「ええ。(頑張ってくださいね?ナル)」

変わりはじめた上司…自分にとってはまだ大人になりきれていない年齢のナルの小さな変わり目にリンはそう思った。

「(私の想いはそれより先へは決していけない。十分だと思ってしまったから。貴女の幸せそうな笑顔をみれるだけでいいと思えた。
ナルが私と同じ所で気づいて立ち止まるか、それより先に行くか、楽しみです)」

どちらにしろ私は、芽生え始めたナルの想いを応援しましょう。とリンは心の中で呟いた。

リンの琴音に対する想いは『親愛』。しかし、ナルが抱く想いとは……───?





変わる、変わる。自由気ままな一匹の猫は、人知れず周りをどんどん変えていく。








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