思い出のファイル

□出会い
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沈んでいた意識がゆっくりと浮かび上がる。
冷たい雨の中にいたはずなのに、何故か今は暖かいものが自分を包み込んでいた。

《………?》

「あ、起きた。具合はどう?」

目を開けて真っ先に映ったのは満面笑顔の少女の顔。狐は桔梗色の瞳を目一杯見開いて文字通り飛び起きた。

「クスクス。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。君の怪我を治しただけだから」

琴音から距離をとり毛を逆立てて威嚇する姿は狐よりも猫に近い。
ピンとたった尻尾の先まで全身全霊で警戒している姿に琴音はクスクス笑った。

《……娘。何故(ナニユエ)俺を助けた》

「私が助けたいと思ったから。……聞こえたの。《助けて》って、《生きたい》って叫ぶ声が」

声がしたほうに向かえばこの白い狐を見つけた。見た瞬間、"助けなければ"と思った。理由なんてそんな単純なものだ。だが、それだけで十分だ。

真っすぐ狐を見つめ、嘘偽りなく言った言葉だが、狐は首を振り信じようとはしなかった。

《……嘘だ。俺は、俺は助けなんて求めていない。生なんて望んでいない。
……俺はあそこで死にたかったんだ。俺には生きる理由も意味もない。だからっ………!!》

俯いて、吐き出すように紡がれた言葉。それを聞いて、琴音はじっと狐を見つめた。

「……本当に?本当にそれがあなたの本心?」

深い、深い水底のような碧色の瞳が白い狐を見つめる。そのあまりにも深い双眸は自分の心の奥底にあるものまで見透かしているようだった。
荒れていた心が凪ぐように静まる。碧色の美しい瞳に呑まれて、いつしか琴音への警戒を解いていた狐はポツリポツリと自分の身の上を語っていた。



















自分達の一族は諍いを好まず、平穏に暮らしていた。
普通の妖狐とは違い、妖力と神通力を併せ持つ自分達は『天駆ける狐』──『天狐』と呼ばれていた。
長命な天狐はその身が土に還るまで静かに日常を過ごしていた。










しかし、いつまでも続くと思っていた平穏で心穏やかな日常は、ある日突然崩れてしまった。











──一族の中で、裏切り者がでたのだ。
裏切り者は白狐の一族で唯一の黒狐、異端の天狐だった。

平和に慣れていた一族は突然の出来事に意表をつかれ、どうすることもできぬまま死に絶えてしまった。
いくら神にも通ずる神通力を持ち、長命な自分達でも不死ではない。


唯一生き残った自分とその場にいた連れはその地から離れ、逃げ隠れるようにして各地を転々と渡り歩いた。


《……でも、見つかった。俺は連れを守るために戦った。だが奴は生きた月日も力も俺より格段上だ。
そんな奴に敵うはずもなく、俺は敗れ、俺を庇ったあいつは殺されてしまった………──》

俯いてソファーに爪を立てる白狐の心には、悔しさと後悔、そして大切な連れの死という悲しみで満ちていた。

《守れなかった。守れなかったんだ。俺が弱かったから、俺の力が足りなかったから、あいつは死んでしまった。
あいつは優しくて、儚くて、守ってやらなくちゃいけなかっのに………》

ぱたり、と雫がこぼれ落ちてソファーに染み込む。
ぱたり、ぱたり、と幾滴も流れる雫は白狐が流したものだった。

「……泣かないで。自分を責めないで。死を悼むのは当たり前だけど、悲しんでいるだけじゃきっと連れの人は心配するし、そんなこと望んでいない。
……連れの人は、最期になんて言ったの?」

《っ……ありがとう、と。自分一人じゃなく、貴方がいてくれてよかったと……自分の分まで生きろ、と………!!》

涙声で搾り出すように言った白狐はますます涙を流し、琴音はそんな白狐をそっと抱きしめた。
嗚咽を飲むその小さい背を、琴音は白狐が泣き止むまで撫で続けていた。
そんな琴音の目からも涙が筋を描き、頬から雫は床に落ちた。










───そうして、1人1匹は暫く泣き続けていたのだった───







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