思い出のファイル

□出会い
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木々が生い茂る林の中、地面に横たわる白いものがあった。

力無く投げ出された四肢。
閉じられた瞼。
横たわるその身体にはいくつもの傷があり、赤い血が流れていた。
白いその毛並みは血と泥で汚れていた。


《………っそ。…………───》

ヒュウヒュウと喉が鳴る。
薄く開いた瞼から覗くのは桔梗色の美しい瞳。

……限界だった。もう身体も心もボロボロで、身体はピクリとも動かない。否、動かす体力も気力も既にない。


(……すまない。もう、無理みたいだ。………お前を、最後まで守ってやれなくてすまない。だが……、もうすぐ会えるから、いいよな?
……もう、いいよな………?───)


降りしきる雨により瞬く間に体温は奪われる。
血と泥も雨により流れていくが、それと同じように自分の生命(イノチ)も流れていくようだった。


自分は、ここで死ぬのだろう。この、静かで寂しい林の中で。

それも、悪くはなかった。自嘲気味に口元を歪め、桔梗色の瞳がゆっくりと閉じられていく。

最後に見たのは、あいつの顔だった。
弱くて儚い印象のあいつ。悲しげに、切なげに笑ったあいつの表情が脳裏に浮かんで消えた。
──守れなかったあいつの最期の顔が浮かんで、もう感じなくなっていた痛みを感じた気がした。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







──バシャンッ………──


「………っ、はぁ、はぁ………。見つ、けた………」

息を切らした声。それは先程から走っていた琴音のものだった。

ポツ、ポツ、ポツ……。琴音の茶色い髪からは雫が落ち、服はぐっしょりと濡れていた。
雨が木々の葉を叩く音と自分の荒い息遣いが耳に聞こえる。

琴音は自分と同じく濡れた白い狐を見つめ、一歩一歩近づいていく。

「私を呼んだのは、あなた?」

目の前に力無く倒れ伏している小さな白い狐を見て、琴音は痛そうな顔をする。

《……だ………れだ。………さ、れ………───》

琴音の声が聞こえたのか、白い狐の瞼が震え、やがてのろのろと目を開く。綺麗な桔梗色の瞳がぼんやりと琴音を見つめ、かすれた声で去るように告げられた。
しかし琴音には去るつもりなど毛頭ない。

「聞こえたの。助けを求めるあなたの声が。生きたいって言う、あなたの叫びが」

だからここまで来たのだ。濡れることも厭わずに、カサを閉じて全力で走って。
必死になってようやく見つけた、このボロボロに傷ついた白い狐を、琴音はそっと優しく抱き上げる。

狐は抵抗する体力も気力もないのか、琴音にされるまま大人しく抱かれていた。
その様子に満足したように微笑んだ琴音は傷に響かないようゆっくり歩き出した。







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