思い出のファイル
□新年の始まり
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カーテンの隙間から、ほんの少し明るくなった空が覗く。
それとは反対に、薄暗い室内のベットには少女がピクリとも動かずに気持ち良さそうに熟睡していた。
《主、主、起きてくださいませ。もう朝ですよ》
そんな少女…琴音を起こそうと、水姫は小さく揺する。
しかし琴音は眉根を寄せて嫌がるそぶりをし、寝返りを打つ。
《主……。今日は元旦ですよ。お節料理を作るとおっしゃられたのは主ではないですか》
水姫は諦めずに琴音を起こそうとするが、琴音は目覚めない。
《それに着物を着て麻衣様と初詣に行かれるのでしょう?準備をしなければなりませんよ》
昨日あんなに楽しみにしていたのだ。眠気に負けずに起きてほしいと水姫は思った。
《主……餅がなくなるぞ》
白夜が琴音の耳元で囁いた。ピク、と琴音の肩が揺れる。
《それにお寝坊は奴にはお年玉はやれんと秀一も言っていた》
もぞもぞと布団の中で琴音が動く。……あと少しだ、と2人は思った。
《お節の伊達巻き……我が作ろうと思っているのですが、主が起きないのであれば仕方ありません、今年はなしということにいたしましょう》
残念です、と水姫が呟けばがばりと布団を跳ね上げて琴音が起き上がった。
「それはダメっ!水姫の作る伊達巻き、甘くてすっごく美味しいんだから!」
《主がちゃんと起きてくださるのでしたら、我も作ってさしあげますよ》
「起きます!作るのも手伝うから!」
はい、と嬉しそうに微笑んだ水姫に白夜が《流石だな……》と感嘆したように呟いた。
《ささ、お着替えくださいませ》
上機嫌になった水姫と欠伸をしながらもちゃんと目覚めた琴音を見て、白夜は苦笑しながら部屋から出て行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テーブルにたくさんのお節料理が並んでいく。その匂いに誘われたのか、秀一がざんばらの黒髪を掻きながら居間に現れた。
「おおー、美味そうだな」
「あーっ!つまみ食いはやめてよ、父さん」
目をツリ上げる琴音にもぐもぐと口を動かしながら「わるいわるい」と適当に謝る秀一。
「もー。ジーンや玲治さんはいろいろ手伝ってくれたのに、父さんは……」
「俺に料理は不可能だ」
それ自慢げに言うことじゃない。と琴音はつっこんだ。
『まあ、秀一に台所に立たれたらとんでもないことになりますからね。大人しくしてくれたほうがかえっていいですよ』
ことり、と浮かせていたお皿をテーブルに置いた玲治の言葉に琴音も「確かにそうだけど……」と微妙そうな顔をした。
『もはや食べ物とすら呼べない黒い炭みたいな摩訶不思議な物体ができるんですから。なぜ普通に作っていて爆発が起きるのか今でも不思議です』
疲れたように言う玲治から、どれだけ悲惨だったのかありありと分かる。
「でもお皿並べたりたり箸用意したりはできるでしょ。そっちお願い」
「まあそれくらいなら……」
頷いた秀一に琴音はもう一度台所に戻ろうとしたが、呼び鈴が鳴って足を止めた。
「あ、来た来た。ジーンー、迎えにいってあげてー」
入れ代わるようにジーンが玄関へと駆けていくのを見送り、琴音は最後の料理を皿に盛り付け始めた。
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