思い出のファイル

□宣戦布告?
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美山邸での事件から数日が経ったある日、ナルはリンと食事に出かけていた。

「珍しいですね、貴方が食事に誘うなんて」

「……まどかが来るだろうからな」

まどかから受けた依頼は解決した。おそらく今日辺りにでも日本を立つだろう。
そうすれば間違いなく別れと証して会いに来る。絶対に。ああ確実に。

それに琴音が「今日はきっとまどかさんが来るよ」とどこか確信めいた口調で言っていた。
琴音の勘はよく当たる。些細な事でもそれが間違っていたことは今までなかった。

だからナルは琴音の言葉と自分の予想を信じて今ここにいるのだ。

「追求されたくなかったんですか?」

「……うるさい」

リンにはナルがまどかを避ける理由がわかったらしく、クスクスとおかしそうに笑った。
ナルはそれに眉をひそめ、メニューを広げる。

「琴音もいるから余計に気まずいでしょうね」

いくら所長室に閉じこもっていても賑わえば静かな室内には聞こえてくるし、まどかは嬉々として中に入ってこようとするだろう。無視していてもしつこいくらいに。

容易に想像できてナルはさらに眉間にシワを寄せて溜め息をついた。

「私も流石に驚きましたよ。………琴音が、そんなに心配でしたか?」

「…………。」

リンの質問にナルは無言を貫いた。しかし普段ならばにべもなく「違う」と即答するはずなのに否定しないということは則ちそれは肯定を示す。

「(無言は肯定ととりますよ) 無事でよかったですね」

「……ああ。本当に困った奴だ。あれ程単独行動はするなと言っていたのに」

ナルが不機嫌そうに言い、水を口にした。それこそナルがあの時冗談で言った「猫にも首輪は必要だろう?」を実現しようとしていたのでリンは流石に止めた。

「琴音が嫌がりますよ」

「わかってる。ただの比喩だ。第一首輪くらいであいつが大人しくなるとも思えないしな」

ふぅと溜め息をつくとナルは店員に注文をし、リンも慌てて頼んだ。

「ナルは、どう思いますか?」

「何がだ?」

「琴音のことです。首に触られることをあんなにも拒絶していました。水姫さんや琴音はただのトラウマだと言っていましたが……」

「確かにあれは尋常じゃなかったな。殺さないでと言ったんだ、かなり深刻な話だろうな」

どこか暗い影が射したナルの横顔を見て、リンはただ「……そうですね」と答えた。

琴音に両親はいない。13歳の時、柊秀一に拾われた。
それからは養女という形で柊が引き取っている。

琴音の過去を、2人は知らない。柊に出会う前の琴音のことを。琴音が負う心の傷を。

「だが水姫さんも琴音もまだ聞くなと言ってきたんだ。本人が言うまで待つしかないだろう。心の傷に関係しているなら、尚更慎重にならないとな」

「よくそんなこと言えますね。サイコメトリして何か見たくせに」

ジト、とリンがナルを見れば居心地悪そうにナルは目を逸らした。
気まずい空気が辺りに流れる。そんな時、2人が頼んでいたものが運ばれてきた。

「………別に見たくて見たわけじゃない」

「わかっていますよ」

見るものまでコントロールすることはできない。
ナルは少し苛立ったように食事を口に運んだ。

「何を見たんですか?」

「……言わない。プライバシーに関係することだしな。それに………」

ナルは言葉を切って口をつぐんだ。あの時見た光景を言葉にすることなどできなかった。
思い出すだけで心の奥が痛んだ。まるで声にならない悲鳴を上げるように。

「ひとつ言えるのは、琴音は深すぎる。抱えているものも、負った傷も」

「そうでしょうね……。琴音は時々影のある表情をすることがありますから」

暫し2人は無言で食事した。あまり客のいない店内はひどく静かで、それゆえ沈黙は長く感じられた。







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