思い出のファイル
□出会い
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それはまだ、始まる前の話。
白夜と琴音が出会った時の話である。
その日はどんよりと薄暗かった。灰色の厚い雲が空を覆い、太陽を隠していた。
そんな空は今にも泣きだしそうだった。
琴音がこの世界に来て一年が経ち、季節は夏と秋の中間の頃だった。
「あ……、降ってきた」
ポツリ、ポツリと雫は落ちて、コンクリートを濡らして色を変えていく。
小雨だった雨は次第に大粒の雨に変わる。
琴音は持っていたカサを開いてそれをさす。雨の粒が当たる度カサはリズミカルな音をたてる。
その雨の音を聞きながら、琴音は帰り道を急ぐ。だけど走ったら足元が濡れる。だから走りはせずにせかせかと速足で道を進んでいく。
──その時、何かが聞こえた
《………て。………ぃ》
その声は雨の音にかき消えてしまえそうな程か細いのに、琴音の耳にはしっかり届いた。
何て言ったのかはわからないが、助けを求めているような気がした。
《主……?どうかなされたのですか?早く家に帰ったほうがよろしいかと》
立ち止まった主──琴音を、式神である水姫は小龍姿で琴音に左腕に巻き付いたまま見上げた。不思議そうに見つめる銀色の瞳。
「……水姫。ちょっと用ができた」
《……は?》
どこか遠くを見ているように佇み、ポツリと琴音は呟く。
そしてそのまま琴音は走り出す。
声の主の居場所はわからない。でも、それでも行かなくちゃと思った。まるで導かれるように琴音はただ道を走る。
バシャバシャと水飛沫を上げ、足元を濡らしながらも琴音はひたすらに走った。
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