短編小説
□百年の恋をも冷めさせてほしい
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時は江戸、ここ城下町では大勢の人々が毎日和やかに暮らしていた。長かった戦乱の世も終わり、皆安心しているのだろう。悩み事といえば代わり映えの無い毎日に些か退屈しているという事くらいだろうか。
神「ふぅ……」
それは神崎にも例外ではなく、何か変化が欲しいと思いながら一人煙管の煙を燻らせた。
夏「あれ?ため息なんて付いて。どうしたのさ」
城「退屈なんだろう。仕事も一段落付いた事だし、やる事も大平の世となった今ではあまり無いんだ。仕方ない」
夏「確かに毎日つまんないよねー。何か面白い事起これば良いのに」
自分の私室でべらべらとやかましい男二人に鉄拳を食らわせ、じとりと睨み付ける。着ている黄色と黒の着物に、その表情はよく似合った。城山は反省しているらしく黙っているが、夏目は未だへらへらと笑っている。
夏「酷いなぁ。昔から乱暴なんだから」
神「うるせぇ。その頭むしってやろうか」
夏「相変わらず恐い恐い。冗談だよ、神崎様」
神崎様。神崎は武家の当主だった。夏目と城山は神崎家に代々遣えて来た武士だ。徳川家康が幕府を作ってからはその権力も使う所がなくなり、今は藩主としてここを取り仕切っていた。だが武力で全て解決してきた神崎にそんな仕事が出来るだけの頭はなく、力を使う仕事以外はほとんど部下に丸投げだ。自分は幕府から頼まれる用心棒だとか反乱を企てている者の調査だとかを空いた時間でこなし、稼いだ金で遊び呆けている。
暇は暇だが夏目達に構うのも面倒で、ぼうっと窓の外を眺めながら煙管を吸っていた。夏目達はこれ以上神崎の機嫌を損ねないよう、部屋の隅に移動した。襖の奥から板が軋む音がしてはっとする。
花「神崎様。お花、ただいま帰って参りました」
神「入れ」
花「……はっ、」
襖が音もなく開き、赤い忍者服を着た女が部屋に入って来た。夏目達より少し前位の所で止まり、そのまま神崎の前でひれ伏す。
花「お花、ただいま戻って参りました」
神「ん。確かてめぇには、邦枝家の情報を集めて上様に届けて貰ったんだったな」
花「はい、神崎様」
お花はくの一だった。本名を花澤由加という。こちらも神崎家に代々遣えて来た忍の一族だったが、お花の両親は既に他界し、兄弟もいない。最後の一人だった。
神「帰って来たって事ァ……成功したんだな?」
花「はっ。邦枝家に掛けられていた謀反の疑いは、全くの誤解でした」
神「それはどうでも良い。上様は何と」
花「満足しておりました。今回の礼金はこちらに」
神「そうか。……面を上げろ」
花「…………はっ」
ゆっくりと顔を上げる。鎖骨の辺りに小さいが切り傷があるのを見つけ、神崎の眉がピクリと動いた。煙管でその箇所を差す。
神「んだ、その傷は」
花「こっ、これは……」
神「確か、相手の用心棒に捕まりそうになったんだってなぁ……?」
声のトーンを下げる。捕まりそうになっただなんて、最悪だ。今回はお花一人で倒せたらしいが、今後もしかしたら相手が警戒してくるかも知れない。バツが悪そうに目を背けているお花をじ、と見る。
神「最悪な事やらかしたなぁ、てめぇ……」
刀に手をやり、立ち上がりながら言った。その額には青筋が走っている。夏目達は危険を察してかそうっと部屋から出て行き、お花と神崎だけが残った。
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