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□焦がれた紅
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毎年開かれる紅家の宴にはあまりいい思い出はなかった。
嫌味と妬みが往きかう、俺には息がし辛い場所であった。




「絳攸殿、このたびは状元及第おめでとうございます」


宴で話しかけてきた男。紅家の血縁であり、何度か顔は合わせたことがあった。
血縁と言っても紅家とはほとんど付き合いはない。こうして年に1度の宴に顔をだすくらいなものだ。
話をするのは今日が始めてだった。


「ありがとうございます」


「いやはや、流石は当主様の選んだお方だ。是非私も肖りたいものです」


顔を歪ませて、貼り付けたような笑顔を向ける。
恰幅の良い体を仰け反りなせながら笑った。


「私の息子も今年国史を受けたのですが、やはり難関と言うだけある。中々受からないものですなぁ。
一流の師を雇い、勉強詰めをさせたのですがね。
それに比べて絳攸殿は及第をした上に状元で合格をするとは、私共も鼻が高いですな。所で後見人は当主様が?」


「ええ、そうです」


やはり、と呟く。


「紅家の力は偉大ですな。後見人も良いと特もある。実力主義の国史も紅家には何かと優遇してくれますしな」



ふ、と肩の力が強張る。



「将来は、やはり紅家のために働くのでしょう?
これだけの恩恵を貰い、さぞや立派に育つのでしょうね。これからの成長が楽しみで仕方ありませんな。さぞ当主様もお喜んでおいででしょう」


もう慣れた、と言ってしまえば嘘になる。
こういう直接的な言い方をされたのは始めてだったが、宴になると自分に話しかけてくる人たちは皆そうであった。
嫌味と妬み、だから宴など出たくないのだ。


「絳攸、何をしている」


赤い衣が視界に入る。


「黎深様」


途端男の顔色が変わる。
脂汗が顔から噴出し、どもるように話しかけた。



「こ、これは当主様。こよいは宴にお招き下さり、ありがとうございます。…この度は絳攸殿の状元及第とのことで、お祝いをと思いまして話していましたのです…それで」


「ほう、祝いか」


黎深は男を凝視するが、すぐにやめた。
対し男は先ほどから顔色がさらに青くなっていく。


「ふん、まあいい。絳攸、行くぞ」


そのまま青い顔をした男を置き去りにして宴を抜けた。











鮮やかな紅色の衣が視界を奪う。
あの宴の空間に立つことは、紅家でないものにはとても辛いものであった。
同時に、あの紅を求めてしまう俺は惨めだと思った。



「馬鹿かお前は。あの程度の輩、本気で真に受けるものがいるか」


「すみません、自分でももう慣れたつもりでいたんですが…」


自分より身長のある黎深を見上げる。
夜の風はまだ冷え込み身震いさせたが、そのせいだけではなかった。
なびいた黒髪はサラサラと落ちていき、どこからか舞ってきた白い花びらがとても幻想的であった。

俺は、この人を超えることなんてあるのだろうか。
いつも自分の前を歩くこの人を尊敬し、同時に遠く感じた。


「受け取れ」


衣の袖から出されて投げられた紙の袋。


「薬、ですか?」


「吏部に休みはない。倒れられては迷惑だからな。それでも飲んでおけ」


「万能薬、ですね」


単純に嬉しかった。
この人から貰ったものは数え切れないほどあったが、これからは少しづつ返していこうと決めた。


「所でお前、紅家のためにつくそうなどと、まさか考えているわけなかろう」


「先ほどの話、聞いていたんですか?」


「答えろ」


「……ッ」


その威圧感に、少し戸惑う。


「思っています。こうして拾って頂き、せめてもの役にたちたいと」


「二度とそんなことは言うな。時間の無駄だ。そんなことを考える暇があるなら少しは自分のことを考えろ」


背を向け、衣を翻し歩いていく黎深を追いかける事は出来なかった。
したくなかった。
多分、どうしようもないくらい情けない顔をしていたと思う。

その言葉の意味を理解するには大分時間がかかった。
あの頃の俺にとって子供ながら傷ついていたと思う。本当に恩返しがしたくてそれ以外に生きる道がないと思っていたからだ。
後にもそのような事があったが、今を思い返すと大分甘えていたのだと恥ずかしい気持ちもある。


ただあの時、瞳に焼きついた遠い遠い背中が今でも記憶の中で生きていた。
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