拍手文
□光の中で
2ページ/2ページ
A【彼の名前は】
バケツをひっくり返したような雨。今日は生憎の雨。
窓に、雫から雫を伝っていく雨を眺める。
あの栞を拾ってから一週間が経った。
この李の栞はいつも鞄の中に入れ、次に彼を見かけた時渡そうと思っていたのだ。
(…李の君)
何故か彼を李の君と仮名し、いつも読んでいる本のような世界を体験しているようで少し楽しんでいる自分がいる。
いつもの駅に着く。
あの月色の鮮やかな色の髪を探してしまう。
駅では学生や子供がはしゃぎながら乗ってくる。
電車の発進音が鳴りドアがゆっくりと閉まった。
今日も、渡せなかった。
そう諦めた時、閉まったドアがもう一度開らく。
乗車してきたのは彼だった。
月色の髪が生憎の天候で濡れ、走ってきたのか少し息が切れていた。
突然の事で目を見開き、持っていたバックを落としそうになる。
手元の李の栞を見る。
ここで話しかけなかったら、きっと自分は後悔するだろう。
カチリと音を立てて動き出す。
心臓の音がうるさい。
「あの、」
緊張しながらも、良く通った声が出たと思う。
紫色の瞳が此方に向けられ整った顔立ちが一瞬驚き、次の瞬間にはむっとする。何ですか…と言う少し不機嫌そうな声が帰ってくる。
その反応に少しばかりか疑問を抱くが、すっと李の栞を差し出す。
その後の話はあまり覚えていない。
覚えていることは、一生の一度の大胆な頼みをしたことくらいだろうか。
そしてもう一つ。
(彼の名前は、 李絳攸)
・