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□紅家の日常
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『絳攸、明日は点心を作ってきなさい。』




有無を言わせない雰囲気の黎深に命じられた絳攸は、台所で一人点心を蒸していた。

どうせ、嫌と言ったところでまぬがれる事はないだろうけどな……
絳攸は一人ため息をついた。
そういえば前に饅頭を作ってこいと言われたこともあった。
不味いだのなんだの言いながら、しばらくの間ほぼ毎日作らされた。
何だったんだ…あれは…。

結局、饅頭作りの腕も上がらなかったな…

その様子も百合は物陰から見ていた。




「絳攸、点心は作ってきたか?」





職場で顔を合わすなり、黎深にそう言われた。



「はい、一応……。」



絳攸は持ってきた蒸籠を机に置く。



「ふむ。」




黎深は当然と言ったように満足げに頷いた。

蒸籠の蓋を開ける。
蒸してきてまだ温かい……が…。




「絳攸、お前美的感覚が一切備わってないな…。まんじゅうの時もそうだったが。
私はそんな風に育てた覚えはないぞ。」




「……。ほっといて下さい。見た目が悪いと文句をおっしゃるなら、食べなくて結構です。」




そんな絳攸の言い分を無視して、黎深は点心を自分の口へと運んだ。




「ど…どうですか……?」



絳攸はゴクリとつばを飲む。




「ふん、感想を言うほどにも足りんな。また明日作って来い。」




「……えッ!!??明日もですか!?」




「そうだ、何か文句があるのか?」




「……。いえ…ありません…。」





はぁ、饅頭の次は点心か…。




翌日から、毎日出勤前に点心を蒸すことが日課になっていた。
見た目の悪さは相変わらず変わらない…。
台所で一人点心を蒸す絳攸を片目に、百合は黎深の部屋へと向かった。



「黎深、入るよ。」




百合が扉を開けると、身じたく途中の黎深が不機嫌そうに顔をあげた。



「遅い、早く髪を結え。」



百合に紙紐を渡す。

はぁ、ため息を吐いて髪紐を受け取る。




「あのね、僕は君の召使じゃないんだよ?髪くらい自分で、もしくは他の人にやってもらいなよ。」




黎深のご主人様な態度のせいで、つい昔口調になってしまう。

百合が言ったことに対して、心底嫌そうな顔をする。
そういえば、黎深は昔から自分以外に髪を触らせることはなかった。
しかたなく、百合は黎深の後ろに立ち、紅家特有の艶やかな黒髪を結い始めた。




「ねえ、黎深。君、このところ毎日絳攸に点心作らせてるよね?なんで?」




「……。あれが…言ったんだ。『私が今、黎深さまのお傍を離れて全国津々浦々点心修行に出たいといったらどうしますか?』って」




「で、なんて答えたの?」




「『お前の人生だ。私に聞いてどうする。勝手にしろ。』」





「……ッ!!なんでそんな冷たいことを言うのさー!!」





「あれの人生だ、なぜ私が口出ししなければならない。」





「まぁ、……分かるけどさ、君の気持ちも……。でも物には言い方ってもんがあるでしょうが……。」





百合はぶつくさ文句をぶつけた。




「で?それと点心作らせるのと、どう繋がるの?」





「別に……。下手のくせに修行なんて出たら恥をかくだろう!!
あれが馬鹿にされたら、義父の私も恥をかくからな!!」





……。百合はふっと口元を緩ませた。




「でもさぁ、君が毎日毎日点心を作らせていたら、絳攸はいつまでたっても点心修行に出られないよね?君の言いつけを破ったことはないもんね、絳攸は。」




ニヤニヤと笑う百合に対し、黎深はフンと顔を背ける。

……、まったく、素直じゃないんだから。
百合は黎深の天邪鬼加減に心底呆れる。




「さ、出来たよ、髪!さーて、絳攸のところに行って私も点心つくってもらおーっと。黎深の来たいのなら来ていいよー?」




「知るか!!勝手にしろ!!」




……と言いつつ一緒に来る黎深は嫌いじゃないかなーと思う百合だった。






終わり





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