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□始まりの蕾
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俺は、一体どこで間違えてしまったのだろうか。
いつから知らない振りをしていたのだろうか。

あの寂しくて優しい王の、いつから知らず振りをしていたのか。

長い時間をかけてふと足を止めて気づいた瞬間、どうしようもない感情が体中を掛け巡った。
自分で選んだ人を放っておいた自身に腹が立った。最低だと、強く殴るように思った。






「楸瑛」


四阿で一人、酒盛りをしている楸瑛。
約束の時間を半刻過ぎてしまった。楸瑛は自分の姿を見つけるといつものように笑い、もう一方の盃に酒を注いだ。


「すまない、今仕事が終わった所だ」


「うん、お互い様だね。最近は忙しかったから会う事もなかったし、こうして酒盛りするのは半年振りくらいだね」


優美なしぐさで酒を飲む楸瑛。そのしぐさと柔らかな口調は昔から変わっていない。
自分も楸瑛も気づけば30を過ぎていた。
徹夜をすると次の日に堪えるし、年が過ぎるにつれ年々歳を感じる時がある。若い頃のようにはいかない。
最近はそう思うことが多くなった。
目の前の男は、容姿も中身も20代の時とさほど変わらないかのように見えた。


「絳攸。昨日、劉輝様と話したよ」


静かに話し始めた楸瑛に、盃をそっと置く。
そうだ。
今日話したかったことだ。


「私は、まったく気づいてあげられなかった。一番近くにいて、一番劉輝様の近くにいたのに…。
一つも、埋める事すらしようともしなかった」


「それは俺も同じだ。10年前悠舜様が亡くなり、それから壊れていく王を見て見ぬ振りをしていた。
それならまだしも俺は何かとあると悠舜様を責めた」


10年前、悠舜様が亡くなり王は変わってしまったと思った。変わってしまった王に、見ない振り、知らない振りをしていた自分。
それからだ。王と心が離れていったのは。
側近である自分たちは王の側から離れたのは事実だ。


「過去を悔やんでも変える事は出来ない。俺はこの10年間してしまったことを埋めていきたいと思う。何十年かかってもいい。
あいつが心から笑ってくれるまで。死ぬまで側にいて、忠誠を誓う。それが俺に出来ることだ」


「私も、あの人を支えていこうと思う。私が選んだ主君なのだから、生涯、一人にならないように後ろから支えるよ」


口調は穏やかだったが、楸瑛の瞳はまっすぐだった。


「今の気持ちは、多分劉輝様が旺季様に向けていた気持ちと同じかもしれない」


蒼家の正統な血縁だった旺季様。玉座を巡っての争いがあり、旺季様は玉座を手放した。それからまもなく朝廷からいなくなったのだ。
王は、この10年間朝廷の中で旺季様を侮辱する輩を許さなかった。
山家の変では旺季を嵌めた国史派を死刑にしろと言っていたまでだ。
10年間、今までのことに報いたく王は旺季様をずっと待っていた。辛抱強く、秀麗の時のように朝廷で待ち続けたのだ。


「俺達は、今からでも取り戻すことはいくらでも出来る」


旺季様ももうこの世にはいない。

過去は変えられずとも、これから先に繋げることは出来るのだ。
失ってしまったものはけして戻らない。
しかし、今ある目の前のことだけ大切にしていきたい。
今まで目を背けてきたことに、今度は自分から進んでいきたい。少しずつ、また一緒に歩んでいきたい。
それが今の願い、王に報いるただ一つのことだ。

楸瑛はゆっくり頷くと、泣きそうな顔で微笑した。多分自分もそんな顔をしていた気もする。




それから楸瑛と一緒に、昔のことを沢山話した。
長い長い時を埋めるかのように振り返った。自分たちの話しているその姿はまるで、物語の最初のころに戻ったかのように。夜の世界に花を咲かせた。




ふと、四阿の側にある桜の蕾が周りの燈篭に照らされ息吹いていいるのを見つける。







「見ろ、楸瑛。もうすぐ春だな」





そうして、ここから長い長い物語が再び始まろうとする。








始まりの蕾






あとがき
二人でお酒を飲んで語ってほしい。
本文中は楸瑛は容姿も中身も変わっていないと書きましたが、楸瑛から見たら絳攸も20代の時と変わらない。

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