story

□Just for You
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「おい、アレ、聖クロス学園の桐生じゃね?」

教室の窓からグラウンドを眺めていたクラスメートが、不意にそんなことを言った。

「マジだ!…うっわ、相変わらずヤベェ奴だなぁ…」
「笑いながら喧嘩とか…。アイツマジで頭イカれてんじゃねぇの…?」

どうやらグラウンドで、自校の生徒と他校の生徒である桐生たまきが喧嘩をしているようだ。

(──馬鹿馬鹿しい…)

と、ボクは心の中で素直に思った。

喧嘩をしているたまきにじゃない。窓からグラウンドを眺めて、たまきのコトをいうクラスメートに対して思ったんだ。

──桐生たまき。ボクの通う柘榴ヶ丘学園にほど近い、聖クロス学園に通う一年生。黒地に赤で刺繍された胸元の十字架、というブレザーの制服でも目立つのに、たまきはさらに、この辺り一帯で名の知られた不良だった。

常に馴れ合いを嫌い一人で行動し、ふっかけられた喧嘩は必ず買う。そして嬉々としながら喧嘩に興じ、相手を痛めつける──それが、この辺りの誰もなら、一度は聞いたことがあるたまきの噂。

だけどそれは、「本当」のたまきを見たものではない。表面だけの評価で流れる、勝手な価値観。

そこまで考えて、ボクの顔にフッと笑みが浮かんだ。

(こんな風に思うなんて…あの頃のボクは思いもしなかっただろうね)

ボク、桜木達矢と桐生たまきの出会いは、それはそれは最悪にして最低なものだった。



『お前、柘榴ヶ丘二年の桜木だろ?』

一人で歩いていた学校からの帰り道。たまきがそう声をかけてきた。

少しクセのある黒髪から覗く鋭い瞳、着崩した制服、胸元や手首、指に煌めくシルバーアクセサリー。そして何より纏う空気、まるで全てを切り裂くような痛々しいまでの鋭利な空気に威圧されたのを覚えている。

『そう…だけど?』

どうして、不良であるたまきが声をかけてきたのか…。ボクは不良でも無ければ、不良が好んでカモるような根暗でオドオドした優等生でもない。顔立ちは平凡だし、髪色は亜麻色で女子みたいだけど変ってほどでもない。

疑問符の浮かぶボクをよそに、たまきは続けた。

『この写真、お前だろ?』
『っ!?』

たまきが見せつけてきたのは、とあるボクの秘密が写った写真だった。

『ど…どうしてコレを…!?』
『へぇ、否定しねぇんだ』
『っ、とにかく、その写真渡せよ…!!』

そう言って写真をひったくろうとするも、悲しいかな、平均より低い身長のボクでは、平均より高い身長のたまきから写真をひったくることができない。写真を掴もうとすると、たまきがひょいっと腕を上げるからだ。小さな子がするみたいにぴょんぴょん跳ねても、写真に手が届かない。

『そんなにヤベェ写真なんだな』

ニタリとたまきが笑う。その笑みは、まるで獲物を見つけた肉食獣の笑みだった。

『このこと、黙ってやっててもイイぜ?』
『えっ…』
『ただし──』

お前が俺の言いなりになるなら、な。

その時の言いようのない怒りや悲しみ、そしてボクの返事を聞いた時のたまきの嬉々とした表情は、多分、ずっと忘れないだろう……。




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