story
□鈴羅屋物語
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下町の雰囲気が残る街角に、その銭湯はあります。銭湯の名前は「鈴羅屋」。古く江戸時代から続くこの銭湯は、今も昔も、この町に住む人々の癒やし処です。
「鈴羅屋さーん!牛乳でーす!!」
「お疲れ様です」
いつもの自転車に乗ったお兄さんの声を聞き、中から「鈴羅屋」と書かれた浅葱の半被を纏った少年が出てきました。
「はい、普通の牛乳に珈琲牛乳、苺牛乳にフルーツ牛乳、あと麦茶ですね」
「いつもすみません」
届けた瓶を確認するお兄さんに少年は労りの言葉をかけました。
「良いんですよ!いつも御世話になってますからね」
じゃあ、またきますね!とお兄さんは元気よく言って、次の配達へと向かいました。
「さってと……」
少年は届けられた瓶をコンテナの中へ入れると、それを持って店の中へと戻って行きました。
少年の名前は井上正和。小さな頃からこの「鈴羅屋」で手伝いをしています。と言うのも、この「鈴羅屋」は井上一族が営んでいる銭湯で、今も家族でこの銭湯を営んでいます。
「父さん、牛乳きたよー!」
「おうよ!」
奥から、がたいの良い体つきをした男の人が出てきました。この人の名前は井上小十郎。正和のお父さんであり、「鈴羅屋」の番台を務めている店の顔です。正和から牛乳の入ったコンテナを受け取った小十郎さんは、番台の後ろにある冷蔵庫にそれをしまいました。
「今日もお疲れさん、正和」
「平気だよ父さん」
正和は笑顔で答えました。
「よし!じゃあ行ってこい!」
「うん!」
正和はそう言うと、半被を壁に掛けて通学カバンを掴みました。
「行ってきます!」
「気をつけてな!」
お父さんに見送られて、正和は学校へと走り出しました。