story
□過ぎ行く時、全ては彼方の空に
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序章 〜始まりの心音〜
─暗い暗い水の中、ソレは確かに存在した─
「調子はどう?」
女性にしては低めな声が、薄暗いラボの中に響き渡る。
「バッチリですよ。このままいけば、明後日には取り出せるかと…」
眼鏡をかけたその青年の声は、僅かながらに高揚していた。
「そう…」
青年の返事を聞き、白衣を纏ったその女性は満足そうに頷いた。
「もうすぐなんだ…」
バイオコックにそっと近づき、額をあてる。すると、中のソレは薄く瞳を開いた。
その女性の拍動に、呼応するように。
「もうすぐ…会えるからね…」
ツツツとソレの髪を撫でるように、女性はバイオコックのガラスをなぞった。中のソレは瞳を閉じ、擽ったいとでもいうように体を動かした。ゴポッと泡が発生し、ソレの顔を隠した。
「それじゃあ、今日はもう行くから」
「ハイ。僕も後から行きますから、伝えといて下さい」
「わかった」
コツコツと女性のハイヒールの音が、薄暗い闇の中に響き渡る。そして、重たい扉の閉まる音が、長く長く木霊した。
やがて、誰もいなくなった薄暗いラボには、小さな小さな、生命の音だけが響いていた。