story

□cigarette
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─この想いが憧れで片付けられないことぐらい、とうの昔に気付いていたのに…。



cigarette



ざわめきが、皆の声が遠い。

都内の高級ホテル。最上階にある、スカイホールと呼ばれる大ホール。そこでは結婚式のパーティーが、華々しく盛大に行われていた。

俺は会場のホールからバルコニーに出て、眼下に広がる都会の夜景を眺めていた。

…本当は、パーティーになんて来たくなかった。

昔から親戚達が苦手だったのもある。人付き合いが苦手で、人混みとかもあまり得意でなかった。

でも、理由はもっと別のところにあって…。

「渉」

聞き慣れた声が、俺の名を呼ぶ。

「やっぱり、此処にいると思いましたよ」

白いタキシードに身を包んだ今夜の主役が、手摺りを背に俺の隣に並んだ。

「あぁ…良い風ですね。渉は昔から、心地良い場所を見つけることに長けてますね」

ニコッと、いつもと変わらぬ笑みを向けてくる。…だけど、もうこの笑みは、俺だけに向けられるモノではない。

「…主役がこんな所に来てもいいのかよ…?」
「アハハッ、ちょっと疲れちゃって。休憩がてら一服ですよ」

そう言って、ジャケットの内ポケットから箱を取り出す。タバコを銜え、カチリと音が響いたかと思うと、独特の香りがふうわりと漂った。

12月の夜空に立ち上る紫煙。その紫煙は儚くて、まるで俺自身の想いのようだ。

「それにしても、こうしてると思い出しますね」

昔を懐かしむ声で公任は話し始めた。

「…何を?」
「一昨年の、お屋敷でのことですよ」
「あー…あれか…」

俺と公任は一時、とある人物に雇われて同じ屋敷で執事として働いていたことがあった。

あの日は終電を逃して、俺と公任は屋敷に泊まることになった。その時もこうして二人で、バルコニーで話をしたのだ。

「懐かしいですねぇ。あの頃はまだ渉は18で、俺もまだ26ですか」
「だな…」

この時が、ずっと続けば良いと思ったあの日。まるで夢のような時間は、今もまだ胸の内に鮮やかにある。

─でも、運命とは残酷なモノで。俺が公任の婚約話を聞かされたのは、それから程なくしてだった。

あの時の足場が崩れ落ちていくような感覚は、多分一生忘れない。

「気が付けば、渉も崔護も成人ですからねー。俺も年食うわけですよ」

あははと、いつもと同じ調子で公任は笑った。どこか無邪気な子どものような笑顔は、いつまでたっても変わらない。

「でも、今も昔も、渉は変わりませんね」

不意に、公任がそんなことを言う。吐き出された煙がゆうるりと天に立ち上り、その星空の中に消えてゆく。

「そうか?公任だって、見た目は変わらないじゃないか」

変わってくれた方が、俺としてはラクなのに…。いつまでも昔のままだから、俺の胸はチリチリと痛むんだ。

今も昔も…。公任のその言葉が、俺と公任が過ごしてきた時間の長さを物語っていた。

「見た目の問題、ではありませんよ」
「えっ?」
「渉の本質的な部分、性格がです。崔護の影響で悪い所は変わりましたが、良い所は、今も昔も、変わりません」

ふと、中から公任を探す女の声が聞こえてきた。

「あー、探しに来ちゃいましたね」

まだ長いままのタバコを指で弄びながら、公任は苦笑を浮かべた。

「渉、」
「なに…っ」
「いつまでも、素直な渉でいてくださいね」

ニコッと微笑み、公任は中へと戻っていった。俺の口に、吸いかけのタバコを残して。

「何すんだよ…もう…」

小さく呟いて、タバコを口元から離す。漂う香りは、公任からいつもしていたそれと全く同じだった。

…この想いが憧れで片付けられないことぐらい、とうの昔に気付いていたのに…。

でも弱虫な俺は、勇気のない俺は、ここから一歩踏み出すことが出来なかった。気付いて欲しいと願うばかりで、行動に移すことは出来なかった。

そっと、公任から渡されたタバコを再度口元に運ぶ。淡い光を放ちながら短くなるそれは、寒空に立ち上るそれは、俺自身の象徴。くすぶる胸の内と、儚く消え行く公任への想い。

(……公任…俺は、…)

すぅっと息を吸い込めば、苦いものが体の芯に落ちていく。

─初めてのタバコの味は、甘くて、苦くて、そして、切なかった。

[END]



ここの何とも言えない関係大好きです。最低?うん、知ってる!

ここの辺りのキャラは皆確立してるからなぁ…。今度ちゃんと書いてあげたい。



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