story

□正ニアラズ
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手から滴る赤い雫が

僕の目に

鮮明に焼き付く。

足元に

割れた鏡の破片が散らばる。





正ニアラズ





手に刺さった破片が痛いはずなのに

今の僕は何も感じない。

鏡に映る自分は

今や歪んだ造形になっている。



……鏡はキライ。

鏡は全てを映し出す。

時には

忘れたい悲しい思い出さえも

その鮮やかさのままに映し

己の醜さでさえ

一寸違わずに映し出してしまう。



……忘れなきゃいけないことなのに。

だけど記憶とは残酷で

鮮やかなまでに

あの日の思い出を

情景を映し出す。

そんな時

目に入った一枚の鏡。

鏡に映る自分は

明らかに窶れていた。

「まだ諦めがつかないの?」

鏡の「僕」は、僕に問いかけてきた。

僕はただ

うなだれるだけ。

「いい加減諦めな」

「僕」は僕を嘲笑う。

「どんなに願っても、アレはもう、お前のモノにはならないさ」

そんなの、わかってる……。

「可哀想に。信じてた恋人も、新しく見つけたモノも、両方とも失ったんだもんなぁ?」

ケタケタと、決して気持ち良くはない笑い声が響く。

──…うるさい…。

「この調子じゃあ、次のヤツも報われねぇなぁ〜。お前だって、もう感づいてんじゃねぇの?」

──うるさい…。

「気づいてねぇなら教えてやるよ」

──聞きたくない…。

「お前には…」

──うるさい。

「誰かを好きになる権利なんざ」

──うるさい。

「全くねぇんだよ」

うるさい!



気がつけば

目の前の鏡は砕けていた。

自分が殴って割ったのだろうことは

すぐに分かった。

右手から滴る赤い雫と

ひび割れた鏡に映る自分が

それを物語っていた。

窶れた自分に

なんでそこまでの力があったのか

それは分からない。

だけども

自分の心が

こんなにも歪んでしまっていたということは

僕自身にも

痛々しいぐらいに分かった。

だって

破片が刺さった血濡れの手が

全く痛くないんだから。

足元の鏡の破片が

外から差し込む光の加減で

きらきらと煌めいていた。

その破片の上に

赤黒い液体が

煌めきを覆い尽くすように降り注ぐ。

それはまるで

自分自身の心のようだった。

破片の上に

僕は座り込んだ。

血塗れの手から流れる雫が

破片を血海に沈めてゆく。



……きっとまた、僕は「あそこ」に行くんだ。

朦朧とする頭でそう思った。

もう、行かないだろうと思っていたのに……。

だけど、みんなは言う。

僕は「病気」なのだと。

……そうなのかもしれない。

痛みを感じないのも

流れ行く赤い雫が惜しくないのも

「何か」に、蝕まれてゆくのも…。

「僕」は普通じゃないから

みんなとは、ちがうから…。

だけど

僕だって好きで狂うわけじゃない。

好きでこうなるんじゃない…。

弱い自分が嫌で

悔しくて

すぐに歪んでしまう自分が

憎たらしくて

破片が食い込むのも構わずに

僕は手を握りしめ

一人、声も出さずに

泣き伏した……

[END]


これもほとんど実話。流石に鏡は割らなかったけど…


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