story

□幻想モノクローム
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──こんなにも、手放したくないのに。

「っあ!」
「っく…アーウィン、ツラくない?」
「大…丈夫、だからっ、うぁあっ!!」

こんなにも、僕らは激しく求め合うのに。

「あっあ!!フレッ、ド、ひぁあっ!!」
「っ、アーウィン…っ!!」
「あ、あっ、ああぁあ────っ!」

なのに僕らの間にある隔たりは、ともにあることを許してはくれない……。



満月の光を感じて僕は目を覚ました。高く上っている月はまだまだ夜明けが遠いことを告げていたけど、もう一度眠る気にはなれずにベッドを抜け出した。

そっと、部屋の窓を開け放つ。夜の風は涼しくて、そしてどことなく寂しかった。
近くの棚から煙草を取り出し火を着ける。紫煙は満月の夜空にゆっくりと昇って消えていく。それはまるで、天に召されるモノたちの魂のように思えた。

(…何を思ってるんだろうな、僕は……)

思わず嘲笑が浮かんだ。笑みを向けるのは己に対してだ。
僕の職業は「祓い手」、世間一般に言われるところの「退魔師」だ。今まで、多くの「冥使」─ヴァンパイア─を狩ってきた。僕自身数え切れないほどに。

冥使は人の血を糧として生きる深闇に属するモノ。決して相容れることのないモノ。それが、同業の者や広く一般に言われる冥使と人についての言葉だ。

…だけど、僕にはどうしてもそれが腑に落ちなかった。それだけの存在として、狩るだけの存在として割り切れない。だって、僕自身も似たようなモノだから。

僕は確かに人間だ。だけど、僕自身が怖いと思うほどに祓い手としての才に恵まれすぎていた。

周囲は僕を「天才」だと評価する。だけどその一方で、僕を「バケモノ」と呼んでいる者がいるのも事実だ。つい一昨日の僕が受けた任がそれを物語っている。

その時の僕の任は、とある館に住み着く上級冥使の討伐だった。僕と友人の計二人のチームに対し、相手の冥使の数は予想を上回る二十一。上級冥使は一人であったから、残りの二十は下級冥使だ。僕たちは着実に冥使を討ち、そして上級冥使も討った。だが不運にも友人が入蝕されていて、上級冥使を討ったと同時に冥使化した。

普通の者であるならば、仲間が冥使化すれば討つことに戸惑いを覚えるだろう。だが、僕は何の迷いも持たずして仲間を討った。“村”への帰還後、僕は全ての報告をした。僕が討った友人の家族へもその報は届けられた。そして、僕は面と向かって罵られたのだ。──バケモノと。

煙草の灰が静かに落ちる。落ちた灰は夜風に吹かれ、夜の闇へと消えてゆく。

そう。僕は確かに、迷いもせずに友を討った。あそこで彼を討たなければ、彼は僕以外の誰かが討つまで苦しむことになっていた。だが、他の誰かに彼を討つことは出来るだろうか?その答えは否だ。彼は他の仲間との交流も広く、人望も厚い人だった。彼を慕う者は多く、そんな友は僕の誇りでもあった。そんな彼であるのに、どうして他の者が彼を討つことが出来るのだろう。
だから、彼が長い苦しみに身を投じる前に、僕は引導を渡したのだ。他の者や彼の家族が聞けばただのバケモノの言い訳にしか聞こえないだろう。それでも、僕自身はその思いで彼を討ったのだ。

そっと、僕は瞳を閉じた。瞳を閉じれば今なお鮮明に友を討った時のことを思い出せる。

床に転がる冥使の骸、必死になって冥使になるまいと堪えていた友の表情、そして冥使になったと同時にあがった雄叫びと、それとともに響いた銃声、断末魔の叫び、赤く飛び散った命の源泉──。死が色濃く蔓延する世界で、僕だけがそこに立っていた。冥使や仲間の返り血を浴びながらも、冥使にもそして人間にもなれない僕だけが。

ギュッと短くなった煙草を握り潰す。痛みに近い熱が僕の掌を焼いた。ゆっくりと手を開くと、それは確かに火傷を負っていた。

──痛みも悲しみも、確かにあるのに…。

今なお夜の玉座の女王は輝き、無慈悲にも僕を照らしている。それはまるで、僕の罪を断罪するかのよう。

僕は人間。それは確かだ。だけど僕自身の内に抱えているモノは寧ろ冥使に近い。
人間の女の腹から生まれる上級冥使は、身体能力に優れ催眠や霧化などの特殊な力を持つ。僕はそんな特殊な力は持たないものの、身体能力や祓い手としての才に関してはバケモノと言われるほどだ。

──もしかしたら、僕は……。


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