story

□からくりピエロ
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気が付けば、またこの場所に来ていた。この場所─初めて承太郎が花京院と出会った、鳥居の階段の下に。

「・・・・・・」

ここに来れば、あの日のように、ひょっこりと現れるような気がした。そのようなこと、起こるわけなどないのに。

空は悲しくなるほどに晴れていて、白い雲が気持ち良さそうにぷかぷかと浮かんでいる。行き交う人々の顔には、今日という日を喜ぶかのような笑顔が浮かんでいる。とても穏やかで安らかな日は、しかしまるで、今の自分を嘲笑っているかのようで承太郎は気分が悪かった。

──分かっている。花京院がここには来ないことを、分かっているはずなのに・・・。

認めなくてはならないのに、認めることで、前に進めるのに。でも信じられなくて、信じたくなくて。今の自分を見たら、花京院はどう思うだろうか。

「っ・・・・・・」

グッと、承太郎は拳を握りしめた。探しても、探しても見つからない花京院の存在。それが当然なのに、それを受けいられずに息が切れるほどに花京院を探し続けている自分。

(これが、オレの末路か・・・)

花京院の死を、承太郎は今でも、受け入れられないままでいた・・・。





「──ぼくが、女だったら・・・良かったのにな・・・」

泣きながら、花京院はそれだけを言葉に出した。菫色の瞳が、悲しみに揺れていた。

どこか花京院の態度がよそよそしいのが気になって、久々に二人きりになれたのを機に承太郎は花京院を問い詰めたのだ。

最初、やはり花京院は抵抗した。プライドの高い花京院だ。一度秘めておこうと決めたことはなにがなんでも口には出さない。しかし承太郎も、はいそうですかと素直に引き下がるわけがない。花京院の態度に苛立ちが募り、とうとう花京院を壁際まで追い詰めた。

そして、追い詰められた花京院は叫ぶように言ったのだ。

『ッ・・・仕方、ないじゃないか・・・ぼくがきみを好きになってしまったと口に出したところで、この想いが叶うわけないじゃないか!』

それは、花京院の心からの悲痛の叫びだった。承太郎はその告白に驚いて、目を見開いた。花京院はうつむき、小さく、震えていた。

『きみを、困惑させたくなかった・・・何より、嫌われたくなかった・・・。もう、ひとりになるのは、嫌だったから・・・』

それが、承太郎に対してよそよそしい態度をとっていた理由だった。聡い承太郎のこと、近くにいればいずれは自分の気持ちが分かってしまう。それを知られ拒絶の姿勢をとられるだけならいい。しかし嫌悪の姿勢をとられたら、堪えられる自信がなかった。

承太郎に気持ちがバレないようにするのと同時に、自分自身を守るためだったのだ。

気持ちが知れて、嫌悪された時のために。

そのようなことで、承太郎が花京院を嫌うことなどないのに。寧ろ花京院のその告白は、承太郎にとって喜ばしいものであるのに。

「花京院・・・オレがてめえを嫌うとか、てめえの言葉にオレが困惑するとか、勝手に言ってんじゃあねえよ」

ぐっと、花京院に顔を寄せる。互いの吐息を間近に感じる、そんな距離。今度は、花京院の目が驚きに見開かれる番だった。

「・・・じょう・・・たろ・・・?」
「てめえは、いちいち考えすぎなんだよ。オレの話も、ちゃんと聞きやがれ」

何を・・・。その花京院の言葉が紡がれるより早く、承太郎の唇が花京院のそれに重なった。

「ッ・・・!?」

花京院の体が強張るのを感じる。すかさず、承太郎は右腕を花京院の腰に回した。

花京院が、逃げないように。

「んっ、・・・やっ!」

やはり、と言うべきか。我に返った花京院は承太郎を突き飛ばした。突き飛ばしたと言っても、下半身は承太郎にホールドされているから二人の間にあるのは上半身のみ、花京院の腕の長さ分程度の隙間しかない。

「き・・・きみはぼくを、からかっているのか・・・!?」

目元を腫らし、唇を学ランの袖口で拭いながら花京院はいう。突然のキスを、花京院は信じられないようだ。紫の瞳は、動揺の色を帯びていた。

「なんでそうなる。オレがそういうことをするやつだと、てめえは本気でそう思ってんのか?」

問えば、花京院はぐっと言葉に詰まった。承太郎が見た目に反して真面目なことは、花京院もよく知っている。

じゃあ、何故・・・。そう思っているであろう花京院に、承太郎は続けた。

「良いから、オレの話を聞きやがれ花京院。・・・オレは、てめえに惚れてる」
「えっ・・・・・・」
「オレもてめえに、惚れてんだよ。花京院」
「う、そ・・・」
「嘘だったら、てめえにキスなんかするかよ」

信じられないと見開かれた花京院の、まるで野に咲く菫のような瞳から、葉を伝う朝露のような涙が零れ落ちるのは程無くしてだった。

ぐいっと承太郎は花京院を抱き締め、花京院の唇に触れるだけのキスを落とす。

「泣くな、花京院」
「だって、こんな・・・夢みたいなこと・・・」
「夢なんかじゃあねぇよ。紛れもねえ現実だ」
「嬉しい・・・!ぼく、凄く嬉しいよ、承太郎・・・!」

花京院の手が承太郎の頬に触れる。その手に自分の手を重ね、握り締める。

「承太郎・・・ぼくは今、幸せだよ・・・!大好き、承太郎・・・!」

まるで、濃紺の夜空にひときわ瞬く星のような花京院の笑顔。そんな花京院の笑顔がいとおしくて、承太郎はもう一度花京院に口付けた。





──ふわりと、風が承太郎の学ランを揺らした。気が付けば、この場所に来て二時間が経っていた。承太郎は、階段に座り込んでいた。

今でも、こうして思い出す。花京院と気持ちが通じ合ったあの日のことを。それはまるで昨日のことのように蘇り、承太郎の心を揺さぶる。

偶然で、そして、運命にも似た出来事。それはもしかしたら、知らない方が良かったのかもしれない。知らなければ、花京院を求め続けることもなかったかもしれない。

けれども、そんなことはお構い無しにこの星の運命は回っている。承太郎のことは知らん顔で、この星は回っている。

ほんの少しだけ、呼吸を止めて。その時に知ってしまった花京院の温もり。キスの後の笑顔に、優しく愛しげに承太郎の頬を撫でる仕草・・・。

(・・・オレは、花京院のことを、忘れたくない)

だからこそそれにすがり付く。花京院との、思い出に。

・・・・・・いっそのこと、このまま壊れてしまえればどれだけ楽だろう。壊れて、朽ちて、花京院だけを想い続けていられたらどんなにか幸せだろう・・・・・・。

(花京院・・・)

探しても、探しても、どんなに探しても花京院の存在は見つからないのに。なのに、花京院を探し求め続ける自分がいて。

息が、止まりそうだ。

(花京院ッ・・・)

胸の内で、誰よりも愛しい名前を叫ぶ。それは激しい波のように承太郎の心を打つ。涙が溢れそうで、承太郎は目元を掌で覆った。

「花京院ッ・・・」

小さく、口から漏れ出たその名前。聞くもののない承太郎の声は、宙に溶け込む。

さわさわと、風は緑を揺すっている。

「花京院ッ・・・!」

叫ぶようにして承太郎が花京院の名前を叫んだ時、強い風が緑を、空間を、そして承太郎の鼓膜を揺らした。



『・・・たろ・・・』



これは、幻聴だろうか・・・。誰かが、オレの名前を呼んでいる。



『じょう、たろう・・・』



微かに、でも確かに聞き取れた声。優しく鼓膜を揺らす、この、声は・・・・・・



『承太郎・・・』



顔を上げればそこには、二度と見ることの叶わない、だが、もう一度見たいと望み続けた姿があった。



『承太郎・・・』



ふわふわと儚げに、でも確かに、花京院はそこにいた。



『承太郎・・・ぼくは、幸せだったよ。仲間がいて、大切な人がいて、そんな大切なきみと、恋人同士になれて・・・』



ふわりと、花京院が近付く。花京院の手が、オレの手に重なる。



『きみの・・・この手が好きだった・・・。優しくて、温かくて・・・ぼくにとって、きみに触れてもらえた時間は、きみと過ごした時間は、宝物だ・・・・・・』



花京院が、オレの手を自分の頬へ持っていく。手のひらに触れたそこには、儚くも、花京院の温もりがあった。



『・・・・・・だからこそ、怖いんだ。きみが、変わってしまうのが』



ハッとしたときには、花京院の瞳からは涙が零れていた。菫の瞳から、次から次へと雫が落ちる。



『大切なきみが・・・ぼくのせいで変わってしまうのが、ぼくには、とても怖くて・・・堪えきれない・・・』



温かな雫は、オレの手を伝い袖口を濡らす。皮膚に伝うそれは、ゆっくりとオレ自身に吸い込まれる。



『承太郎・・・もう、ここでぼくを待つのは・・・やめてくれ・・・・・・。きみが、壊れてしまうだけだ・・・・・・そんなの、ぼくは、嫌なんだ・・・・・・』



零れ落ちた涙は、乾いたアスファルトにも染み込んで水溜まりを作る。

──止まっていたオレの時を、花京院の涙が動かす。



『承太郎・・・約束して・・・・・・。きみは、きみのあるがままに、生き続けて・・・・・・何があっても、きみのままに』



「花京院・・・」



『・・・もう、行かなきゃ・・・承太郎・・・・・・』



「行くな・・・行くな、花京院!」



『承太郎・・・いつかまた、どこかで出会えるから・・・・・その時は、また・・・・・・』



花京院が立ち上がる。触れていた温もりが、消えていく。



『承太郎、きみに出会えて、幸せだったよ。だから次に会う時も・・・・・・きみのままで・・・・・・』



「ッ、花京院!!」



強い風が、吹き抜ける。目も開けていれないほどの強い風。新緑の薫りを纏ったその風は、頭上の梢を強く揺らした。



──やがて風が止み目を開けた時、そこには誰もいなかった。勿論、花京院がいたという形跡もなかった。

「花京院・・・」

でも、花京院の温もりは、涙は、何より言葉は、確かに承太郎の中に残っていた。

「『きみのあるがままに、生き続けて』、か・・・。なるほど、てめえらしい言葉じゃあねえか・・・」

フッと、承太郎の顔に笑みが浮かぶ。それは少し呆れ混じりな、かつての彼が浮かべていたその笑みだ。

──ここまで振り回されるとは、あの頃の自分は想像もしていないだろう。でも現に、承太郎は今、前を向きはじめていた。

花京院の、本当に最後の言葉のおかげで。

まるで道化師と、笑われてもいい。呼ばれたって構わない。

空はうっすらと、夕暮れの雰囲気を醸し出し始めていた。そろそろ帰らなければ、ホリィが心配するだろう。

「・・・行くか、スタープラチナ」

その場所に背を向けて、承太郎は自分のスタンドとともに歩み始める。さわさわと爽やかな風が、承太郎の横を吹き抜けて行った。



──花京院。てめえがそれを望むなら、オレは最後まで、オレらしく、生き続けてやるよ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「『二手』、遅れたようだな・・・・・・・・・・・・」

命の火が尽きる、その最後の瞬間まで──。




[END]



人生初めてのジョジョ小説で承花!いきなり花京院が死んじゃってるけど・・・(;´Д`)

花京院の死については色々あるけど、若宮的には花京院の死を受け入れているつもりです、一応・・・。



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