物語

□いとしきみへ 1
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オレンジと朱色が折り重なってまるで太陽の様な向日葵が廊下の隅に咲いていた。

何となくその絵が目に留まったのは廊下に並ぶ美術部員の作品の中で燃える様な色彩が目を引いたのと下に付けられたネームプレートの名前が珍しいローマ字表記だったのとそれから。

そうそれからふと振り返った夕日が差し込む美術室の真ん中に見つけたキャンバスに向かう金色の髪をした後ろ姿が乗った車椅子に反射する夕日が飴色に煌めいていたからだ。

そしてその手から5時の夕焼けを反射する絵の具のチューブが零れて落ちて床を転がって行ったのはきっときっと世界で1番小さな奇跡。

自然と身体の向きを変えて絵の具のにおいが染み込んだ小さな部屋の扉を開けるとトルコ石の瞳が振り返る。

緑が芽吹き始めた5月のことだ。


















いとしきみへ 1



















「別に放っておいてくれれば良かったのにな」

銀色のチューブをつまんで薄っぺらな手の平に乗せてやるとぽとん、と零れて来た小さな声に降ろそうとしていた腕を止めた。

キャンバスには青と黄色とエメラルドに彩られた空が半分だけ広がっていて自分を見上げる丸い瞳には空がこんな風に映っているんだとそんなことを考える。

空は青いものだとばかり思っていた。

「こんなのに乗ってるけど意外にオレ何でも出来るんだよ。助けてもらわなくても良かったんだから」

筆に乗ったエメラルドがキャンバスの真ん中にぽんと置かれてそれだけで小さな空に奥行きが出る。

そうして少しだけ空中をさ迷った筆先は結局他に色をつけることもなく車輪の脇に置かれた錆びたバケツに放り込まれて水色の王冠を一瞬だけ夕日が彩る世界に散らせた。

ポチャン。

「何にも言わないの、きみ」

「初対面の相手に向かって随分喋るな、てめぇは」

両手をジーンズのポケットに仕舞って初めて彼にかけた言葉はとても刺々しいものだった。


「拾い物してやったのに礼もないのかよ」

「同情で気遣われても嬉しくないし」

「馬鹿か。自意識過剰も大概にしとけ」

「何それ」

睨み上げてくる青い瞳を通り越して完成途中の空を見た。

じっと見つめているとそのまま雲が流れて表情さえ変わりそうな気がする光も風も何もかもを溶かし合わせて描き出された様な彼の世界に広がる空は朝焼けの様にも真昼の様にも夕暮れになる一歩手前の様にも何とでも見えて。

明日がこんな空なら良いと、そう思った。

「向日葵の絵が気になった。振り返ったらてめぇがいた」

お前が描いたんだろと目を細めると代わりに青い瞳はぱっと丸く開いて軽やかに動いていた唇がぴたりと閉じる。

空色が溶けたバケツに夕日が伸びて小さな海の様だった。

「絵、好きなの?」

「興味はねぇな」

「だろうね、似合わないもん」

「だろ」

「うん」


 
 
 
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